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2008年9月13日 コーヒーを飲むときは、じっくり苦味を味わう〜今ここ思考の大切さ


昨日、地元のとあるコーヒーショップに入った時の話。
「あ、マズい」と思ったことがありましたので、書きたいと
思います。
 
マズいというのは、コーヒーの味のことではありません(笑)。
私の自身のことです。

 
店内でコーヒーを注文したのですが、多少出来上がるまでに
時間がかかるということで、店員さんが席まで運んでくれる
ことになりました。
そこで私は席に着き、ノートを広げ、書きもの
をしていたのです。

 
しばらくすると、店員さんがコーヒーを運んでくれました。
私は少しの間、継続して考えごとをしながら書きものに集中して
いたのです。

 
その後、私はようやく目の前にあるコーヒーを飲もうとした
のですが、
クリームと砂糖も欲しくなり、カウンターまでとりに
行きました。

そして、席に戻り、それらを目の前のトレイの上に
置いた瞬間、

 
「あれ?」
 
と、あることに気づいたのです。
 
実は、クリームと砂糖は、すでに店員さんがコーヒーと一緒に
トレイに置いておいてくれたのです。
 
店員さんがコーヒーを運んできてくれたとき、トレイに入った
コーヒーは見たものの、クリームと砂糖の存在にはまったく気付いて
いなかったのです。私の目の前にあるにもかかわらず、です(汗)

 
つまり、私の意識が目の前の「今ここ」に戻った瞬間に「あれ?」と
状況に気づいたことに
なります。
私は今まで自分の意識が飛んでいたなと少し反省しました。
 
そんなことってありませんか?
目の前にあるにもかかわらず、それが目に入っていないようなことが。

 
それは、心が「今ここ」にいないことが原因です。

 
今回のことを通じ、「今、目の前にあることに心を向けないと、
自分の欲しいものが、たとえすぐそばにあったとしても、
それが全く目に入らない
ことがある」とあらためて気づきました。

 
それは、モノばかりでなく、人でも情報でも同じだと思います。

 
私たちは、普段、つい何かをしながら同時に別の行動をすることが
ありますよね。
先の例のように、考え事をしながら(書き物を
しながら)コーヒーを飲む
とかします。

でも、そのときは、考えごとや書きものに心が囚われいて、
コーヒーの味も
ろくに味わうことなく、ただコーヒーを飲んでいる
状態です。


そんなときは、コーヒーを飲んでいる「今ここ」以外に意識が飛んで
いるときです。


 
でも、普段からそのような行動をしていると、実際、目の前に
大切なこと、
欲しいものや状況、自分が欲しい答えがあるにも
かかわらず、それが見えていない、
つまり、見逃してしまって
いることがあるのかもしれない、ということです。


言葉をかえると、探している答えがまさに目の前にあるにも
かかわらず、違う方向を見て一生懸命その答えを探そうとがんば
っている、ということになります。


心を「今ここ」に置く行為の大切さを、あらためて気づかせて
もらいました。



2008年9月11日 手書きの手紙
 
先日、友人からある贈り物が届いたのですが、
そこには手書きの手紙が数枚にわたり添えられていました。

 
なんかいいですよね。手書きって。
その手紙を読み終えたあと、お礼の手紙を出そうと、
思わずいつものように
Eメールで返事を書き始めたのですが、
思いとどまり、私も手書きの手紙で
お返事を書くことにしました。

 
私にとって、実に久しぶりの手書きの手紙だったのですが、
まず、文字がうまく
書けないことにショックを受け(苦笑)、
さらに自分の字の汚さに愕然として
しまいました。やはり、普段から
文字は手を動かして書かないとダメみたいですね。


 
もちろん、仕事で手書きをするケースもあるのですが、その場合、
書くといっても
短いコメントくらいですので、手紙となるとやはり
事情が異なります。


 
それと手紙を書いていてあらためて気付いたのですが、
手間がかかるということ。


つまり、手書きの手紙を頂くということは、相手はそれ
なりに手間をかけて自分に対して書いてくださっている、
ということです。

 
その手間を思うとき、さらに相手の気持ちがよく伝わってくる感じ
がいたします。
 

そこで思ったことは、

 
「たまには、敢えて手間をかけて相手に接することも必要ではないか」

 
ということです。
 
それはある意味、便利な世の中に慣れきっている現代人である
私たちは、
気付かない間に、人付き合いもEメール化しているのでは
ないか、つまり、楽なほう、
楽なほうへと流れているのではないか、
と反省すべき気づきでもありました。



ですから、今回のように、手書きの手紙が自分にとって新鮮であり、
温かくもあり、なぜかほっとさせられたのかもしれません。
 

デジタル化した世の中で、相手に「あれ?」と思わせるキーは
意外と、利便性の追求とは反対側の、アナログの中にあるのかも
しれませんね。
 
やはり、人間の感情はいつの時代になっても変わらないのですから。


2008年9月10日 もがき続けたから今がある!
 
私がそもそも自分で留学の仕事を始める際に、大規模の会社ではなく、
小規模でやっていこうと思うきかっけを作ってくれたのは、
神田昌典さん
という方でした。
 
先日、友人の豊田圭一さんが、上智大学経済学部同窓会のイベントで、
その神田さんと対談しましたので、内容をご紹介します。
 
いろんな面で、とても参考になる内容でした。

2008年9月9日 何が良いか悪いか、後になってみないと分からない
 
先日、ジャンクスポーツという番組を見ていたら、
バレーボールの全日本代表選手・山本愛さんが出演していました。
 
山本愛さんといえば、出産を機に現役を引退したものの、
バレーボールへの思いを捨てきれずに現役復帰をしたアスリートです。
 
番組の中で、彼女にまつわる印象に残った話がありました。
 
それは、当時、日本代表に選ばれながらも、ある雑誌が山本さん
について、
「武器がない選手だ」と指摘したそうです。
 
この言葉はアスリートにとって、たいへんプライドが傷つく内容だ
と思います。
一般的に考えてみると、この指摘は、日本代表までに
選ばれている山本さんに対して、
とても失礼であり、良いか悪いかと
いえば、決して良いとは言えないと思います。

 
案の定、この言葉に彼女は傷つき、とても悔しい思いをしたそうです。
 
ところが、です。
 
それからこれまで以上に奮起し、人生で初めてといっていいくらい
猛烈にバレーに
打ち込んだそうです。自分の強み・武器をつくるために。
 
それ以来、高いトスでも打てるようにして、それを自分の武器にできた
とのことでした。

 
この現象をあらためて面白いなと思いました。
 
山本さんにとって、雑誌による失礼で挑戦的な指摘が、結果的には、
彼女の才能を
さらに引き出したわけですね。
 
そういった意味では、その雑誌の指摘は、良かったとも言えます。
 
 
これに似たようなことは他のスポーツ選手もありますし、私たち一般人
でも
しばしば経験のあることではないでしょうか。
 
自分にとって心地よくない現象や言動が、結果的には自分を高めるための
きっかけとなった経験です。
 
 
このように考えてみると、自分にとって好ましくない状況や言動があった
ときは、
まだその時点では、良い悪いの判断をしないほうが良いということ
がいえそうです。

 
つまり、それらを決してマイナスに捉える必要はないことです。

嫌な現象や言動に遭遇したときは、

「よし、これで自分のレベルが上がるかもしれない!サンキュー」


とそれらを前向きに捉え、感謝の対象に振り替えることができたとき、
あなたの前に
奇跡が起こるかもしれません。

2008年9月7日A 相手に求める心から人間関係は崩れる

よく親しい間柄になると「言わなくとも相手はわかってくれるだろう」
といった発想を抱きがちです。
 
たとえば、夫婦や家族、恋人あるいは友人関係。
 
人は、言わなくとも相手が自分の意向を察して期待に応えて
くれると、
自分を理解してくれていると感じ、安心します。

反対に、自分の期待に応えてくれないと、なぜ自分をわかって
くれないのか、とばかり不機嫌になったり、その相手に対して
不信感を抱いたりします(笑)。

確かに、誰でも以心伝心が成立したときは、何となく嬉しいもの
ですが、
それは決して相手に強要できるものではないはずです。
 
先の例のように、自分から物事を発信しないものの、相手が自分の
思うような言動をとらないことに
機嫌を損ねたり、不信感を抱く
としたら、それは、相手に対して「こうして欲しい」、「こうある
べきだ」という期待感や依存心を抱いているからであり、その相手
に対する単なる甘えに過ぎません。

よく夫婦間でも、「こんなこともわかってくれない。愛を感じない」
と不平不満を洩らす人がいますが(苦笑)、それは
相手に対して
「求める心」から来ている言動であり、そう言った本人も、実は
決して愛ある言動をしているとは
いえない、ということになります。

なぜなら、愛は「与える」行為だからです。「求める」行為では
ありませんね。
 
相手に対する甘え・依存心から人間関係は崩れ始めるのではない
でしょうか。
 
 

2008年9月7日@ 自分が何かを否定したいとき・・・

普段、自分が何かを否定したり、咎めたくなるとき、私はよく次の
ような質問を自分に投げかけます。
 
「今、自分はハッピーな状態か?」
 
このように、相手の言動に意識を向けることなく、自分の(心の)
状態に意識を向けるようにすると、そこに自分の心が別の何かに
引っ掛かっていることをしばしば発見することがあるのです。
 
これは何を意味しているかというと、人は、自分の心がハッピーな
状態でないときは、
相手を否定したり、咎めがちになるということです。
 
これに似た現象に「いじめ」がありますね。
他人をいじめる人は、自分の心がハッピーでない人です。これは大人
子供を問わず
共通していることだと思います。
 
いずれにしても、相手を否定したり、咎めたりしている時は、
そのもとの原因は、
実はその相手にあるのではなく、自分自身に中
にある可能性があるので、
まずは「今の自分の心の状態はどうか?」
といったように、
自分自身に意識を向けてみることが大切かもしれません。
 
それに気づくだけで、相手を否定しようとしたり、咎めたりする
気持ちが
和らぎます。


2008年8月30日 クレームは、まだ相手に期待感があるということ。

新居に引越ししたあと、例の如く(?!)いくつかの新聞販売店から
勧誘があった。


A社かY社の2社に絞っていたが、そのうちの1社が結局、明日来る、
という約束を守らなかったこともあり、他の1社に決めた。
 
決めた販売店が提案した条件としては、半年契約をすれば、
8月分の料金は無料
にします、というのオファー。悪くない条件
だったので、その条件で契約をする。
 
ところが、契約後、なんと週1回ペースで新聞の入れ忘れがあった。
2回目の入れ忘れの際、営業所に電話をいれ、(担当者は不在だった
ので、)電話に出た人に、
「今回の入れ忘れは2回目なので、もう一度繰り返すことがあれば
契約の見直しを検討します」と伝えた。

今月中はまだサービス期間ではあるが、週1回ペースでこのような
状況を繰り返すとなると、単なる入れ忘れというよりも、販売所の
体質から生じている可能性もあり、来月からもきっと同じ状況を
繰り返すことが予想できるからだ。
 
しかし、注意喚起をした後に、再度入れ忘れがあった。
 
こちらとしては、今月は無料サービス期間のため、目くじらを
立てて、文句をいえる立場でもないことは重々承知はしている。
しかし、今回で3回目の入れ忘れであり、そもそもその無料サービス
の提案も、契約をとるため先方から出したオファーである。

新聞をとってもらうことをお願いに来たにもかかわらず、
毎週入れ忘れがあるといういい加減さはいかがなものだろうか。
お客から信用を失うのは必然である。
 
そのため、私は先方へ連絡し、契約解除の申し入れをした。
 
ただ、そうはいっても、契約しないとなると、無料期間分の新聞代
は先方の負担になると思い、日割り計算をして今までの分を支払う
旨を伝えた。
 
ところが、である。そのあとがいけない。

その後、担当者から今回(これまで)の不手際について、
一本の連絡もなかった。

担当者に今回の話が伝わっていないのかと思い、私はもう一度
連絡を入れた。

担当者本人に代わってもらい、伝わっていることを確認後、
契約解除の話をし、無料サービス期間分の新聞代を返金するから
取りに来てもらうように伝えた。

電話口ではお詫びの言葉は述べるがあまり誠意を感じられなかった。
(まぁ、もともと誠意があれば、すでに連絡はくれているはず
であるが。)

その後、まだその担当者は来ていない。

私の中では、お詫びがてらに電話、もしくは自宅まで来れば、
注意喚起をしたあとに、契約は継続するつもりではいた。でも、
何も連絡もなく、私から再度連絡をとる始末。こちらがむなしくなる。

クレームをいう場合は、エネルギーを使うもの。先方がどうでもいい
会社であればわざわざクレームも出さずに、ただ契約を解除すれば
いいだけの話。

つまり、クレームを言うというのは、まだその会社に対して
期待感があるということだ。


ビジネスにおいて、お客さんからもらうクレームというのは、
ある意味、チャンスだと思っている。

クレームをきっかけに、そのお客さんと新たな人間関係を築ける
ことがあるからだ。これは自身の長年のセールス体験から確信
できること。

仕事の失態をどのように対処するかで、その会社、担当者の印象
・評価が決まる。

担当者にとって、契約をとるときはもちろん、何か問題が生じた
ときも、同様にエキサイティングな瞬間であり、担当者としては
大切な時なのだ。

その問題がきっかけで、対処の仕方如何によって、さらに
お客さんからの信頼感が高まる場面は実に多い。

クレームはお客さんとの人間関係を高めるチャンス。
決してマイナスなことだと捉えては
いけない。

今回の件を通じ、あらためて、クレームを出す時はまだ先方への
期待感があることを身をもって実感した。


2007年11月16日

子供の公開授業 NO.802
 
先日、小学一年になる娘の公開授業に行ってきたのですが、
驚くべきシーンを見てしまいました。

ちなみに、公開授業というのは、昔でいう”授業参観”のことです。

授業公開ということもあって、自分の子供のクラス以外も
自由に見学できるのです。

私は、他の学年ではどんな授業をしているのだろうと興味が湧き、
いくつかの授業を見たのですが、その中で、4年生のクラスの授業を
何気に覘いてみると、とんでもない光景を目にしてしまいました。

何と授業中にもかかわらず、父親が子供の席の隣りに立って、
何やら教えていたのです!!

しかもその生徒の席は、ちょうど教室の真ん中あたりでした。
ちょっと想像してみてください。

生徒たち全員が席に座っている教室のど真ん中に、一人の大人が
そびえたっているのですよ。目立つも何も異常な光景に映りませんか?
先生ではないのですから!

これぞいわゆる、モンスターペアレントというやつですね。

先生もなぜ、「授業中なので下がっていてください」と言わないのか
理解に苦しむところなのですが、なにより、その父親は、自分が授業の
妨げになっていることを全く理解できないのですね。

明らかにクラス全体の雰囲気に影響があるわけですし、実際、
生徒も気が散っていた様子でした。

そのような親が日頃、どのようにして自分の子供に教育している
のでしょうね。きっと勉強を教えてあげることだけが教育だと思っている
のかもしれません。

勉強よりも、まずは人として、してはいけないこと、マナーや周りの人に
対する振舞い方、礼儀礼節を教えることが先なのではないかと思いました。

私の友人の子供の公開授業では、授業中にもかかわらず、後ろにいる
数人の親たちがペチャクチャ、ペチャクチャ平気でおしゃべりとしていたと
聞いています。

今、子供たちの学級崩壊とかいろんな問題が言われていますが、
やはりその原因は親にあると思いましたね。

どう思いますか?


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2007年11月3日 イベントのお知らせ〜「今、改めて、”生きる”について考える
 


弊社顧問・生井利幸によるライブトークのお知らせです!

このたび、生井利幸は、 ライブトーク、「今、改めて、”生きる”について
考える
」を開催します。

自分の人生を生きるということは、誰にとっても決して簡単なことでは
ありません。どんな人でも、何らかの悩みや困難を抱え、毎日、自分なりに
一所懸命に生きています。

しかし、私たちは、しばしば、乗り越えることが極めて難しい困難に直面し、
時には、それに押し潰されそうになることがあります。自分にとっての進む
べき道が見えなくなり、生きること自体、悲しく、辛いものだと感じることが
あります。

私たち人間は、そのような状況に陥ったとき、一体どのような方法で
その困難を乗り越えていくことができるのでしょうか。

今回のライブでは、生井利幸が「生きる」という人生最大の課題に
真正面から向き合い、「真に価値ある生き方とは一体どんな生き方なのか」
という問題についてじっくりとお話します。

ライブは、「生きる」という問題について真摯な心構えで向き合おうとする
読者の皆さんのために開催するものです。したがいまして、ライブ当日は、
生井利幸は、落ち着いた雰囲気の下で、参加者の皆さんの心を満たせる
よう、真心を持って丁寧にお話をするつもりでございます。温かい雰囲気の
下で、皆さんに対して心の栄養剤をご提供できることを願ってお話致します。

入場料は、無料でございます。ライブ開催に伴う費用は、すべて生井利幸
事務所が負担し、このライブを読者の皆様方へのクリスマス・プレゼントと
させていただきます。

2007年の総決算として、今、改めて、「生きる」について考えてみたい方、
是非、ご参加いただき、来る2008年を、より実りある一年とするための
ご参考にしていただきたいと願っております。


[開催日時] 2007年12月9日(日)、11:30−13:00

開場:11:20、開演:11:30 

[会場] 東京都中央区銀座3-12-16 スペースコナ3F 地図

[入場料] 無料

申し込みは、こちらです。

http://www.toshiyukinamai.com/page061.html


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日ごろ、私も生井氏よりさまざまなテーマに関するヒント・アドバイスを
受けております。そのたびに、新たな気づきを得るのですが、なぜか不思議と
その後の行動に変化が生じます。

是非、一度、生井氏のお話をじっくりとお聴きになってみてください。
きっと、今のあなたに必要な気づきやヒントを得られるでしょう。

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2007年11月2日

勇気づけられるサンプル  (NO.801
 
今年の日本プロ野球、日本シリーズはドラマでしたねぇ。

中日ドラゴンズが53年ぶりに日本一になったのですが、
何より中村紀洋選手がMVPに選ばれたことが嬉しいです。

昨年の2月26日に、つまりシーズンの始まる前に、
このエッセーで「今年の中村選手は何か起こりそうな気がします」と
書いたのですが、まさにそのとおりになりました(喜)。

でも、これは適当に書いたのではなく、ある程度確信を持って書いた
のですけどね。ちなみに、2月26日のエッセーはこちらです。

http://www.rakurakuryugaku.com/essay.html#788


今年のシーズンの始め、中村選手はまさにどん底の状態から
始まりました。昨年まで所属していたオリックスを退団せざるを得ない
状況となり、その後自由契約(クビ)となりました。どこの球団も拾ってくれる
ところもなく、やっとの思いで中日の入団テストを受け、育成選手として
スタートしたのでした。しかも、以前の年棒の50分の1。

でも、中村選手は、そのことに不平不満を言わず、ただ野球がやれる
だけで幸せだと言い切り、自分を拾ってくれた中日に感謝をしたのでした。

中村選手は、これまでの過去の栄光やプライドを投げ捨て、
1からのチャンスに賭けたのです。中日では、すでにチーム内でも
レギュラーはほぼ固定されていたし、決して中村選手を歓迎するムード
ではなかったと思います。つまり、入団は果せたものの、そんな逆風から
のスタートでした。一体、どのような心境だったでしょうね。

そんな状況から、見事にレギュラーを奪い取り、シーズン中も活躍し、
日本シリーズでは優勝に貢献。おまけにMVP(最優秀選手賞)に
選ばれたのですから、まさにドラマです。

もしオリックスとの間に何も問題がなく、そのまま所属していたら、
この日本一も味わえなかったし、MVPに輝くこともなかったはずです。
ちなみに、中村選手はこれまで日本一の経験はなかったそうです。
つまり、唯一テストを許された球団、中日でなかったら日本一はなかった
わけです。何というめぐり合わせでしょう。

本当に人生何が幸いするか分りませんね。当初、最悪だと思われた状況が
最高の状態へと変わってしまうのですから。

今年の中村選手から学んだことは、人間、どん底の状態に落ちた
ときでも、そのことに決して不平不満を言わず、今、出来る目の前
のことをただひたすら精一杯打ち込むことで道は開ける
、ということです。
そして、その道はこれまでに味わったことのない最高の道へと変わる
可能性があるということです。

何とも勇気づけられるサンプルではないでしょうか。

今、どん底の状態にいる人は、是非、この中村選手の例を励みに
頑張って欲しいと思います。

自分にとって解決できない問題は起こらない”という法則が
あることを忘れないでくださいね。

自分に降りかかる問題が大きければ大きいほど、自分の器の大きさ
を証明してくれている、
というくらい大きな気持ちを持って、逆境を
乗り越えて欲しいと思います。



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2007年11月1日 ”楽しむ”という言葉に隠された裏の意味  (NO.800
 
しばしば、一流のスポーツ選手などが、「試合を楽しむ!」
というコメントをすることがあります。それが良い結果につながったと
インタビューアーに語る場面を見かけます。

以前の私は、このようなコメントを聞いたとき、
「楽しくやれば良い結果がでるもの」と短絡的に考えていた時期が
ありました(苦笑)。

でも実際はどうでしょうか?

何でもそうですが、ただ楽しくやりさえすれば良い結果がでるわけ
ではありませんね。

ここであなたに質問なのですが、
どんなとき人は、「楽しみたい!」と思うのでしょうか?

・・・・・・・・

そうです。楽しくないときです(笑)。

本当に毎日が楽しい人は、楽しむなんて発想は湧かないでしょう。
それが当たり前の状態だからです。

ですから、一流のスポーツ選手たちの「楽しむ」という言葉の裏
には、たいへんな努力、辛さ、苦しさが隠されていることを
見抜かねばならないと思います。

日頃、彼らは楽しくないからこそ、「楽しみたい」という発想が
湧くのです。

「好きなこと」や「得意なこと」をしても、辛いこともあるし、苦しいこと
もあるのです。これはスポーツ選手にかぎらず、どんな世界でも共通
していると思います。

さまざまな世界で、結果を残している人たちの言う、「楽しく」や
「楽しみたい!」という上辺だけの言葉だけをマネして、努力する
ことを怠り、何でも「ただ楽しくやればいいや」という言葉に逃げない
ようにしたいものですね。

 

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2007年10月30日 「命」(NO.799
 


先日、亀田三兄弟の長男・亀田興毅選手(プロボクサー)が
家族を代表して謝罪会見をしていましたね。

まだまだ世間では賛否両論があるようですが、この会見を見て感じた
ことは、私自身が20歳の頃であれば、興毅選手のように答えることは
できなかったであろう、ということです。

あのような場で、意地悪な質問があったにもかかわらず、1時間以上
にもわたり、しっかりと答えるのは並大抵のことではないと思います。

一旦、頂点まで上り詰めて、どん底まで突き落とされる。
これまでの一連の騒動を振り返ってみると、ある意味、彼は役割りを
担った人物のように思います。


人は、人生で一回は叩かれると言いますね。そして本物になる。
それをある漢字一文字が表しています。

何だと思いますか?

それは、「」という漢字です。

よく見ると、「人」「一」「叩」(人は一回叩かれる)という組み合わせで
」という文字が構成されています。

漢字って良くできていると思いませんか?

亀田兄弟にとって、今回の出来事は、本物になるために必要な過程
だったのかもしれません。

今後も頑張って欲しいと思います。

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2007年6月26日 千の風になって(NO.798
 
昨年の紅白から一躍有名になった、「千の風になって」を歌う
秋川雅史さんが、先日、面白いことを言われていました。

司会者が、秋川さんに、「歌を歌うときは、やはり感情を込めて
歌うのですか?」との問いに、「私はできるだけ感情を込めないように
歌います。なぜなら、感情を込めてしまうと、声が上手く出せないからです」

と言われていたのです。

意外でした。
「千の風になって」の歌詞をご存知の方は多いと思いますが、
かなり深い内容の詞であり、多くの人があれだけ魅了されてしまうの
だから、 きっと感情を込めて歌われているのだろう と勝手に思って
いたからです。

私の想像ですが、心に、感情という”曇り”を入れていないからこそ、
鏡の状態となり、それ故、その聴き手の思いは、そのまま自身に反射
されてしまい、感動してしまうのかもしれませんね。


もちろん、秋山さんのほどの美声があってこそ、成り立つ芸当だ
ということはいうまでもありませんが。(笑)

いずれにせよ、この心境は、歌の場面だけではなく、さまざまな場面で
応用ができるように思いました。

感情を取り除いたとき、人は鏡になれる。


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2007年6月22日 意地悪な人の共通点(NO.797
 
意地悪な人は、学校でも会社組織でも、自分の周りに一人や2人は
いるものです。

そんな人達と接しなければならないときは、何となく
いやになるかもしれません。

そんなときは、どんな人達が意地悪な人になるのかを
理解しておくと、多少、その人達の見方が変わり、
これまでほど嫌な気持ちにはならないかもしれません。


では、意地悪な人は、一体、どんな人がなるのでしょうか?


・・・・・・・・


実は、意地悪な人達には共通していることがあるんです。

それは、彼らは、『心が満たされてない』人達なんです。
今がアンハッピーだと思っている人達です。

もちろん、そんな人達のすべてが意地悪な人になるとは
かぎりません。ここで言いたいのは、そんな状況の人達の中に
意地悪な人がいるということです。


これは人間の習性を、反対の視点から見てみると
分りやすいと思います。


たとえば、今が幸せな人に意地悪ができるか、ということです。
きっとできないと思いますし、それ以前に、意地悪をしようという
発想自体が湧かないはずです。


意地悪をしようとすることは、相手を困らせようとすることですから、
自分の心が満たされたり、幸せな人にそんなことはできっこないのです。


ですから、意地悪な人達に接する際には、相手は、
『心が満たされてない』か『アンハッピー』な状態なのだと
理解してあげるといいと思います。


それだけでも、きっと今までとは違った見方でその人達に接する
ことができるようになるはずです。

是非、試してみてください。

 

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2007年6月21日

脳に栄養のある情報を!(NO.796
 


先日、シアトルマリナーズのイチロー選手がこんなコメントをしたそうです。

「投手が前で打っているのを見たくないんですけどね。目に入れることが
すごくイヤ。一塁側にベンチがあるときは見ないと仕方がない。練習にも
入ってくるしね。ヘタなものは見たくない」とイチロー。
【シアトル=上阪正人】夕刊フジより、

これは何を意味しているのかというと、バッティングの専門ではない投手
の打撃フォームを見てしまうと、自分のスイングに少なからず影響してしまう
ということです。

人は、自分にとって好ましくないイメージ・情報を取り込んでしまうと、
脳が影響されてしまう
ことをよく認識しているわけです。

このことを体験的に良く知っているのだと思います。

つまり、イチロー選手は、普段から自分の中に取り入れる『情報』
に対しては、たいへんな注意を払い、神経を使い、選択していると
想像がつきます。そのあたりからも、彼の”超”一流ぶりをうかがうこと
ができます。

日頃、私たちは、口に入れる食べ物については、取り入れるものに
いろいろ気を配りますよね。毒物を口に入れるようなことはしません。

しかし、『情報』という脳に入れる食べ物を考えてみた場合、
果たして、口に入れる食べ物くらい同じように気を配っているでしょうか。

普段から、自分の心が暗くなるような『情報』や、マイナスの行動を
誘発するような『情報』を分別をすることなく、平気に取り入れている
ことがないか点検作業が必要です。自分の脳に悪影響があるからです。

最近、暗いニュースが多いという人は、あるいは、そんな情報、
つまり、脳にとってあまり好ましくない影響を与える情報を
たくさん取り入れすぎているシグナルなのかもしれません。

今回のイチロー選手の言葉から、『情報』は選んで取り入れること
が大切だと 改めて気づかされました。


意識的に、明るく、鼓舞される『情報』を取り入れよう!

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2007年4月18日 人の第一印象のお話(NO.794)
 
人の第一印象って何秒で決まると思いますか?(笑)

これを聞いたとき、私は驚きました。

なんと、6秒から15秒だそうです!!


そして、さらに驚くべき事実があるんです。

その第一印象は、一体、どれくらい続くと思いますか・・・?


正解は・・・



3年間だそうです!!


それにしても、たった6秒から15秒のことが、3年間も
影響してしまうなんて驚きではないですか?


第一印象だけで、これほどの期間、影響が
あるとしたら、ちょっと怖くなりますよね?


一旦、変な風に印象を持たれてしまったら、それを払拭させるのに
大変なエネルギーが必要であることは言うまでもありません。

でもですね。逆に言えば、これを知っておくことで、
誰もが得をすることにもなるんです。


それは、 第一印象を良くすればいいのですから・・・


では、第一印象がいい人ってどんな人だと思いますか?
身近な方を数人思い浮べてください。


その人達は、あることで共通していると思います。


そうです。笑顔の人ですね。
笑顔が絶えない人だと思います。


よく、人のためになりたい!という人がいますが、
決して特別な能力を持っている必要はないと思うんです。


常に笑顔でいれば、周りの人や雰囲気を
幸せにできるからです 。それだけで人の役に立って
いるのですね。


人間は、誰にでも、簡単に人を幸せにできる術を
生まれながらにして与えられていると思います。
すごいですよね。


さぁ、「今から」一緒に、第一印象を良くする練習を
していきましょう!








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2007年4月10日 お知らせ!
 
Buzzple」 って、もうご存知ですか?

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新しい刺激を求めている人”のための、英語情報サイトです。

ここで、≪ゆっきー先生の 留学しよう!≫という 留学ブログを
担当しております。是非、遊びにきてくださいね!




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2007年3月18日 「今が大変な人へ」(NO.793)
 
先日、共感できる、とてもいいお話を伺う機会が
ありました。

それは、「大変(たいへん)」についてです。

一般的に、「大変」と聞くと、何か少しネガティブ
な意味を含んだ表現のようにも思えますね。

ところが、その方は、次のようなお話をされてました。

「たいへん」という漢字は、どんな文字で成り立っている
かというと、”大”と”変”です。

つまり、大(おおきく)、変(かわる)と書いて、大変という
文字になっているというのです。

今、自分が大変な状況の中にいるときは、実は、
自分が大きく変わるときでもあるというのです。
言葉を変えると、自分が大きく変わるための必要条件
とも言えるわけです(笑)。

とても勇気付けられる言葉ではありませんか?

大変な状況を、決してマイナスに捉える必要はなく、
むしろ、自分が大きく変われる絶好の機会だと
プラスに捉えることもできるわけです。

確かに人は、何も問題なく順調なときよりも、何かトラブルや
問題があったときのほうが、より成長しているようにも思えます。

大変な状況になったら、こんなことを思い出してみるといいかも
しれませんね。


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2007年3月12日 「本当のことだから・・・」(NO.792)
 
子供でも大人でも、相手にグサリと刺すような言葉を
平気で言う人がいますね。

たとえば、それが相手の能力のことであったり
身体的なことであったり・・・

子供であればまだ仕方ないとも思えるのですが、
それが大人だとちょっと違和感を感じてしまいます。

往々にして、相手のコンプレックスに感じているようなことを
ズバリ指摘するのです。

そんな言葉を言った人に、「なぜそのようなことを言うのか?」と
尋ねると、「だって、本当のことだから・・・」というのです。

これをどう思いますか?

「本当のこと」であれば、何でも言っていいのでしょうかね(笑)。

本当のことだから言わなければならない決まりなんてない
はずです。ましてや、相手がその指摘で傷つくことであれば、
わざわざそれに触れることはないのではないでしょうか?

ある人が、これに関してズバリこう言われてました。

「相手が嫌がることを、『本当のことだから』、という理由で
それを平気で指摘したり、発言する人は愛のない人だ」と。

ある意味、厳しい言葉ではありますが、私も同感です。

相手のコンプレックスを平気で指摘する人は、自分がコンプレックスを
持っている人がほとんどですね。

そのような人は、相手を攻撃することによって、自己防衛をしている
わけです。そんな心の表れだと思います。


いずれにせよ、日頃から「愛のある言葉」を心がけたいものです。


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2007年3月4日 事の固然・・・(NO.791)
 
先日、友人から頼まれ、ある本を貸したのですが、
その友人からはそのお礼にと、別の本を貸してくれました。

特に私が要望した本でもなく、望んだ本でもありませんでした。
そんなとき私は、その本と何かご縁を感じてしまいます。(笑)
まったく予期していなかった本が、突然自分の手元に来るのですからね。

早速、その本を読んでみました。
その本にはとてもおもしろいことが書いてありました。

その中で、なるほどと思ったことをひとつご紹介したいと思います。

「事の固然」についてです。

世間では、偉い人とか経済的に成功を収めた人には
多くの人が寄り添ってきますが、一転、その人が失敗したりすると
これまで近寄っていた人は徐々に去っていきますね。(笑)

たとえばこんなとき、一般的には、去られた本人からすると、
状況に応じて近寄ったり、去ったりする人のことを
恨むかもしれません。「人でなしだ!」って。(笑)

そうですよね?自分がいいときには近寄ってきて、悪くなった途端、
去ってしまうのですから、寂びしく感じてしまうのも無理はありません。

ところが、このような状況を、昔の中国のある方が
このように喩えたそうです。

朝、市に行けば、たくさんの人が集まり賑わっています。
ところが、夜になると、人はいなくなりますね。

この理由は、人は朝が好きだとか、夜が嫌いだとかいうことではなく、
朝には求める物があり、夜にはそれがないからに過ぎない。
つまり、それは当然の姿、成り行きだというのです。

これを人間関係に当てはめると、お金持ちや成功者のもとには
人が集まり、お金のない人、うだつの上がらない人に集まる人は
少ないのは当然の姿である。それは、その人が信用できるか、
できないかではなく、「物には必至あり、事に固然あり」と知ることが
大切だというのです。

信ずるも信じずも、それはいわば他人に対する甘え意識の表れに
過ぎない。一切の甘えを捨てて、冷たく人間の姿を見極めること
こそ、どんな事態にも動じない人間関係を築くことができるのだ
そうです。

この「冷たく人間の姿を見極める」というのは、「冷静に人間の姿を
見極める」ことだと解釈しています。

いずれにしても、状況に応じて、集まったり去ったりする人のことを
どうこう論ずるのではなく、それを人間の当然の成り行きと冷静に見て、
そんな人達のことをも、悪く思うこともなく、包み込んでしまう視点に、
とても魅力を感じました。

これを「事の固然」というそうです。

ちなみに、この本は、「人蕩し(ひとたらし)術」(日本経営合理化協会)
という本です。

内容は、人に好かれる人はどんな人か?嫌われる人はどんな人か
ということを論じられた本でした。

今、人間関係にカベを感じている方は、一読する価値はあると
思います。何かその原因となる気づきを得られるかもしれませんよ。


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2007年3月1日 「自分は守られている!」と確信を持てる法・・・(NO.790)
 
日頃、「自分はいつでも守られている」と確信が得られると、
とても気持ちが楽になると思います。

では、どうしたらそんな確信を持てるようになるか、
ちょっとしたコツをご紹介しましょう。

それは、”自分にとってのラッキー体験をメモしていく”
ことです。

つまり、名づけて、≪ラッキーメモ≫です。

これに似た内容を、以前このエッセーでも、「褒メモ帳」の効果として
紹介したことがありましたが、このラッキー体験をメモしていくと、じわじわ
その実感が湧いてきます。

このように書くと、すごくラッキーなことは日常、頻繁にあることではないし、
なかなか書けないと言った人もいましたが、そんなことはありません。

日頃の”ちょっとした”ラッキー体験で良いのです。
それならありますよね?

たとえば、電車に乗る際、190円のキップを買おうとしたとき、
ちょうど財布に小銭が190円ピッタリ入っていたとか、会いたい
と思っていた人に偶然、街中でバッタリあったとか、電話をしようと
した相手から電話がかかってきた。食べたいと考えていたものを
誰かが持ってきてくれた・・・などなど(笑)。

案外、誰もが日常生活で体験しているのですが、
ほとんど忘れてしまうのです。

実はそれはとても勿体無いんですよ。

このラッキーメモをしばらく続けていると、あることに気づきます。

それは、”自分にとって必要なモノや事はちゃんとやってくる”と。
それに気づくと、安心感が湧いてきます。

「あ〜、必ずいいようになるから、決して無理することはないんだ。
守られているから大丈夫!」と思えるようになります。

ラッキーメモをつけていくと、意識的にそんな視点から物事を
眺めるようになるので、これまで以上にラッキー体験が
どんどん発見できるようになり、楽しくなってきますよ。

たまに、そのメモを読み返してみてください。
すごくラッキーな自分を再認識し、元気がでてくるはずです。


是非、ラッキーメモを今日からつけることをおすすめします!


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2007年2月28日 夜、恐怖心で眠れないときは・・・(NO.789)
 
昨夜、就寝前、なぜか恐怖心に襲われてしまいました(笑)。

ふいに、そんなことってありませんか?

私の場合、そんなときは、「あ〜、やっこさん、来やがったなぁ」
という感じですね。(笑)

なるべく恐怖心をそれ以上、追わないようにしています。

どうすれば恐怖心を追わないようになるかというと、
恐怖心そのものを、”思考の癖”としてしまうのです。

要するに、癖のせいにしてしまう。

たとえば、こんな風に、です。

不安や恐怖心が湧いてきたら、その内容がどうであれ、
その思考を追うことなく、「あ〜、また変な癖が出てる、出てる・・・」
といった具合です。(笑)

面白いことに、湧き上がってくる心配や恐怖心を、単なる心の癖だと、
客観的に認識してしまうと、マイナスな思考を追うことなく、
自然に消えていってくれます。

なぜかというと、そのときには、恐怖心と自分が離れるからです。

もしまた湧いてきたら、それを何度か繰り返します。
「癖ちゃんがやって来た〜」 とそこに意識を集中させます。

結構、効果がありますから、試してみてください(笑)。
気持ちが楽になってきますよ。


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2007年2月26日A 人の値打ちは、周りからの評価ではなく・・・(NO.788)
 
今、一番応援したいスポーツ選手の話です。

私の中で今、一番応援したいスポーツ選手は先日、中日ドランゴンズ
の入団テストに合格した中村選手です。

最近、彼の年棒について話題になっていますね。昨年の年棒に比べ、
50分の1だそうです。

この今の中村選手の状況をどのように見ますか?

言葉は悪いですが、落ちぶれたと見ますか?そのまま以前の球団と
揉め事を起こさずに残ってさえいえば、まだ、1億円近い年棒はもらえ、
一流選手として球団からの待遇を受けていたはずです。

私は中村選手にとって、今の状況は、さらに大きく人間的に成長を遂げる
最大の機会だと見ているんです。

一流選手にもかかわらず、このような状況になった選手はこれまで
見たことはなかったですし、普通ではあり得ない過酷な条件ですね。


しかし、”その人にとって解決できない問題は起こらない”という法則
からすると、きっと乗り越えるでしょうから、何か起こりそうな気がします。


中村選手だからこそ、この状況に置かれているという見方もできますね。
他の選手では乗り(ノリ)切れないでしょう。人間的にも大きな器がある
証拠です。

今、プロ野球選手の年棒が高すぎるという球団側の不満の矛先を、
中村選手が一手に引き受けてくれているようにも思えます。
すごい人物です。

今後のさらなる中村選手の活躍を期待しております。
頑張れ、ノリ!

人の値打ちは、周りの評価で決まるのではなく、
周りの評価に対して、自分がどのように対処するかで決まる。



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2007年2月26日@ 読み終えた本を、もう一度、読み返してみよう。(NO.787)
 
最近、自分の中ではまっていることがあります。
それは 、以前読んだ本を読み返えしてみることです。

それによって、いろんな気づきが得られるのですね。
たとえば、読んだ当時は理解できなかった、あるいは大事なことだと
思わなかった内容が、今の自分にとっては、とても腑に落ち、大切な内容で
あったり、普段、自分の価値感としていたことが、その本に影響されていた
ことに気づいたり。面白いですね。


そこで感じた事は、本は一度くらい読み終えて理解したつもりに
なっていても、実際は理解しきれていないということ。

常々、"本との出会いは人との出会いと一緒"と考えておりますが、
やはり、本も人との付き合いと一緒で、同じ本を何度か読んでいくうちに
その内容の深さに気づくことがあるものです。

「最近、いい本はないかなぁ」とか、「読みたい本はないなぁ」という方は
以前読んだ本をもう一度読み返してみることをお勧めします。

今のあなたにとって、新たな発見や新鮮な気づきが得られるかも
しれませんよ!


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2007年2月17日

人の悪口に関する損得勘定。(NO.786)
 
人のことを悪く言ってはいけない、なんてことは
誰もが知っていることですよね。

でも、たまには出てしまうものです(笑)

それが良いか悪いかということは議論するまでもなく
答えは出ていますが、もし、どうしても人の悪口を言ってしまう自分
が嫌であるなら、このように発想してみると言わなくなるかもしれません。

また同時に、この発想は、人から悪口を言われても、
それを歓迎できるようにもなれるんです。(笑)

どのような発想かというと、

人の悪口を言うと、言われた人の業や因縁まで背負ってしまう
ということです。

つまり、次のようにも考えることができるのですね。

人から悪口を言われたら、その人がこちらの悪い運気までも
背負ってくれた。要するに、悪口を言われることで、実は、自分は
得したことになります。

ですから、その相手を恨むどころか、むしろ感謝の対象になる
んです(笑)。その人に対して、ありがとうと言える。

でも逆に、自分が人の悪口を言ったら、その人の悪い運気まで
自分が背負うことになりますから、自分がその人の分まで苦労することに
なります。つまり、自分が損してしまうんです。

さて、あなたはこの損得勘定を知った後、人の悪口を言う勇気は
ありますか?


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2007年2月12日 今が辛くて仕方がないとき。 (NO.785)
 
あなたは、今の状態が辛くて仕方がないとき、
どのように気持ちを整理してますか?

私はそんなときは、次の言葉を思い起こすように
しているんです。

「夜明け前が一番暗い」

これは、辛ければ辛いほど、その状態がまさに終わりに
近づいている、そして、事態の好転する時期がすぐそこまで
来ている、ということですね。

これは慰めの言葉でも何でもなく、事実だと思うんです。

”最も悪いときが、自分の運命が開ける時期だ”と信じて
頑張っていきましょう。本当のことなんですから。


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2007年2月6日 マニュアル時代だからこそ、 (NO.784)
 
現代は、何でもマニュアル化されているものが多いと思います。

マニュアルというのは便利な反面、それに頼りすぎると、
機械的になってしまい、ときにはとんだ失敗を招くものですね。

マニュアルを使う代表的なものといえば、電話勧誘です。

昨日の午後、実に面白いセールスの電話を受けたのです。

女性「もしもし、私、●●株式会社の●●と申しますが、
本橋様のお宅でしょうか?」

「はい、そうですが。何かのセールスですか?」
(実は、最近、セールスの電話がやたらと多いのです 汗)

女性「え?奥様でしょうか?」

・・・・・・・・・ ここで、お互いがしばらく沈黙・・・


「は〜??私の声が女性に聞えますか?」

女性「あ・・いや。。。たいへん失礼いたしました。
では、奥様はいらっしゃいますか?」

「けっこうで〜〜す!」

ガチャン。

こんな具合です(笑)。

その女性の言い間違えという感じではなく、明らかにマニュアルを
読んでいるといった感じでした。

さすがに「奥様ですか?」というように、電話口で間違われたことは
生涯はじめての貴重な体験だったのですが(?!)、
マニュアルに毒されるとこうなります。

マニュアルは、ある意味、自分で考えたり、判断する能力を
失わせてしまう気もします。人を考えなくさせますよね。
それもちょっと怖いと思いませんか?

私はどちらかというと、マニュアルには反発したくなってしまう
性格ですから、どうもマニュアル的な応対には抵抗を感じてしまうのです。

やはり、仕事にしても何にしても、人と人とのかかわり合いですから、
マニュアルよりも先に、”こころ”を最優先したいものですね。

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2007年2月5日

人に何かをしてあげたとき (NO.783)

 
私の部屋のカレンダーは、城たいがさんという方の書いた
言葉が掲載されているものです。親戚の叔父に頂きました。

このカレンダーには、毎月の言葉が書かれているのです。

ちなみに、2月の言葉は、

「してもらったことは忘れない。してやったことは忘れよう」

という言葉です。

いい言葉ですね。でも、普段、私たちはどうも逆に発想してしまう
ことのほうが多い気もします。

たとえばこんな感じです。

「してもらったことは忘れてしまう。してやったことはいつまでも覚えている」

いかがですか?(笑)

こんなことを書いているのは私もそんな部分がたまにあるから
なんですが(笑)。

でも、本当はみんな本質の部分で知っていることがあるんですね。

それは何かというと、人に何かをしてあげたとき、一番気分がいいのは、
その相手よりも、実は自分自身だということを。

違いますか?

これは奇麗事でも何でもなく、誰でも、人にいい事をしてあげたときは
気持ちがいいですよね。だから、わざわざ見返りまで求める必要はない
ことになりませんか?すでにいい気持ちにさせていただいたのですから。

こんなことに気づくと、 自分がしてあげたことをいつまでも覚えている
ようなことはなくなるかもしれません。

そこで、先の言葉をこんな風に変えてみたくなりました。

「してもらったことも感謝。してやったことにも感謝。ありがとう。」

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2007年1月23日

人心掌握術(NO.782)
 
先日、ある社長さんとお話していて、人事に関するおもしろい
お話を伺いました。

私の中ではとても印象深い内容でもありましたのでそれを書きたいと
思います。本来であれば、図も一緒に書ければ分りやすいのですが・・・
(ちなみに、私たちはそのとき一緒に食事をしていたので、箸を使って
教えてくれました 笑)

お話の内容は大体下記のような内容です。

たとえば、その会社自体が前方のAの方向へ進んでいるとします。
そこで、ある優秀なスタッフのひとりが、会社が向かっているA方向
ではなく、同じ前方であるがB方向へ進みたいので会社を辞めたい
とします。

そんなときは、その社長さんはどのようにそのスタッフを説得するかというと、
決してそのスタッフを無理に引きとめようとはせずに、あることを提案する
そうです。

普通、会社側からすると、会社の目指している方向へ足並みを揃える
ことは必要だと考え、会社と違う方向へ向かう社員がいれば、辞めて
もらうか、有能な人物であれば、無理にでも引きとめ、会社の進んでいる
方向へ向かせようとすると思います。

ところがその社長さんはそうしないのです。

では、その社長さんは、Bへ向かいたいスタッフに、どんなことを提案
するのかというと、

「キミが目指しているBという方向性は、わが社が向かおうとしているAという
方向性と同じ前方にある。ならば、キミの目指しているBという方向性には
そこに行き着くまでに、これだけの部分がわが社の向かうAの方向性と
重なるね。

その部分は、キミもいずれ通らなければならない部分なのだから
だったら、その部分をうちで頑張ってみないか?」

つまり、会社の向かう方向性と自分のやりたい方向性との重なる部分だけ
頑張ってくれないか!というそうです。

このように言われたら、誰でも考えるかもしれませんね。
決して無理強いすることなく、あくまでも、そのスタッフの立場を十分に
配慮した交渉なのですから。

その社長さんは、こうも言っておられました。
「今うちは、業務を拡大している最中だから、今後、そのスタッフが
重なる部分の仕事をこなしているうちに、業務の範囲が広がり、
Bの範囲までできるかもしれないしね」と。

いやいや、恐れ入りました、って感じです。(笑)

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2007年1月12日 今、している仕事でスペシャリストを目指そう(NO.781)
 
会社などで、自分の 好きな仕事がなかなかできない場合、
下記のように感じながら仕事をしている人って多いのではないで
しょうか。

「こんな仕事をしたくて入社したのではない!」
「自分のしたい仕事はもっと別なことだ!」
などなど。

このような理由で会社を辞めてしまう人も結構多いかも
しれませんね。

でも、私はこの発想はたいへん勿体無いと考えております。

なぜなら、自分の好みにかかわらず、今している仕事を通じて、
自分の才能が開花する可能性があるからです。目の前の仕事から
自分の隠れた才能を発見することも多々あるのですね。

誰でも、自分がどんな仕事に向いているかを理解している
つもりですが、実はそれはあまり当てになりません。
これまでの自分の狭い経験上から判断していることだからです。

今自分のしている仕事が気にいらないという理由で、
会社を辞めるかどうか迷っている人は、その会社を辞める前に、
今の仕事で、スペシャリストを目指すことをお勧めします。

その分野が好きか嫌いかにかかわらず、そのように目標を
定めてしまうことです。

たとえば、あなたのメインの仕事が、上司のコピー取りだとします。
その場合、どうしたら速く、正確にコピーがとれるかなど日々研究して
みるのです。

ホッチキスの位置はどこに打てば相手は一番ページをめくり
やすいのか。などなど工夫する余地はいくらでも見つかるものです。

これを読んで、「上司のコピー取りでそんなことまでしなければ
ならないのか、バカバカしい」・・・などと感じるとしたら、恐らくその人は、
どんな仕事をしても、社内で頭角を現すことできないでしょう。たとえ
自分の得意分野であったとしてもです。

どんな些細な作業や仕事であっても、心を込め、全力でこなす姿勢を
持つと、周りのその人を見る目が必ず変化します。

なぜか分りますか?

その人の仕事に対する情熱が周りに伝わるからです。
次第に一目置かれるようになります。

すると違う仕事を依頼されてきます。そのときはまた、そこでも
スペシャリストを目指すのです。

そうやって会社から信頼を得て、必要とされる人材になっていけば、
どんな仕事でも楽しくて仕方がなくなりますよ。
しかも、自分の能力が向上しているというオマケつきです。

自分の好きな仕事ではないからといって、腐っては勿体ないのです。
そんな発想で仕事をすると、何より自分自身が一番損をします。

よく会社から、チャンスを与えられないと愚痴をこぼす人もいますが、
その人は、決してチャンスを与えられないのではなく、自分でチャンスを
見逃し、それを生かせない場合が多いと気付くべきです。

どんな仕事であっても、目の前の仕事でスペシャリストを目指しましょう!


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2007年1月11日 人を羨まなくなる視点(NO.780)
 
人を羨ましく思うとき、心が少し苦しくなりませんか?

テレビ番組を見ていたら、ある方が、人を羨むことに関して
心に”ズドン”と響く、とてもいい言葉を言われてました。

その内容は、人を羨むには条件というか、覚悟がいる
ということです。

それは何かというと、

「その人がしてきた苦労まで一緒に欲しいか、背負いたいか・・・?」

ということです。

これを聞いたとき、実に的を得たいい言葉だなぁと心に深く響きました。

確かにこのように考えると、簡単には人を羨むことはできなくなり
ますよね(笑)

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2007年1月8日

すべてが整った環境よりも・・・(NO.779)
 
新年早々、心温まる報道が目につきました。

今、成人式が全国各地で開催されてますね。
テレビでは例年の如く、数箇所での荒れた成人式の場面が報道されて
ましたが、今年はそれとは正反対の、心が和む成人式も紹介されてました。

それは、財政破綻した夕張市での成人式です。
例年60万円の予算があったそうですが、今年は全額カット。
そんな中、専門学校生が中心となり、市民のカンパを集めたり、
手作り案内状などを作り、なんとマスコミなどにも取りあげられ、
遂には230万円を超すカンパが集まったそうです。そして見事、
成人式は大成功したのです。

やはり若者パワーはスゴイですね。また、それに賛同し、協力した方々も
すばらしいと思います。

これを見て思った事は、何でもすべてが用意され、整った環境で
何かを成し遂げるよりも、紆余曲折がありながらも、物事を成し遂げた後
のほうが、周りに対する感謝心も芽生え、感動も大きく、すばらしいものが
残るということです。

何より自分にとって好ましくない環境は、それ自体決してマイナスなこと
ではなく、それにどのように立ち向かうかによって、自身の成長や飛躍に
いかようにもつながるという事実をあらためて確認させてもらいました。

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2007年1月6日 自分が望むことと、自分にとって必要なことは別のもの。(NO.778)
 


私たちは、自分が望む生き方をしたいし、しようと頑張ります。
でも、必ずしも自分の望んでいる生き方が、そのときの自分にとって
必要な生き方だとは限りません。

つまり、望むことと、必要なことは別物なのです。

たとえば、だれでも毎日天気が良いことを望みますね。
だからといって、天気ばかりが続いても困るわけです。
やはり、私たちが生きていく上で、雨も必要です。


それなのに、人間は、自分の思うような生き方や生活ができないと
不平不満を言いがちです。その状態が、今の自分にとって必要な状態
かもしれないのに、です。

そこで普段、「望むことと、必要なことは別物」という視点を持っていくと、
今、あなたが、たとえ頑張っても頑張っても望まない現状のままであったり、
逆境から抜けられない苦しい状態の中にいたとしても、自分を磨く上で、
今、必要な状態の中にいるのかもしれないと、考えることができます。

自分が望むものと、自分にとって必要なものは必ずしも同じものとは
限らない、という視点は忘れてはならない大切な思考法ですね。

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2007年1月1日  新年、明けましておめでとうございます!
 
いつもエッセーをお読みくださり、また、励ましのお言葉をありがとう
ございます。

今年もまた、感じたことをいろいろ書きたいと思いますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます。

今年一年、あなたにとって、最高の年でありますように!

2006年12月13日 人間関係の”もつれ”は、相手が原因? (NO.777)
 
ふと最近、感じたことがあります。

人間関係のトラブルの多くは、実は相手が原因というよりも、
自分が相手の言動に対してつけた解釈が原因によることが多い
のではないかと思ったのです。

人間関係のもつれや悩みを聞いていると、その相手と、徹底的に
話し合うことはせずに、自分の想像で、

「アイツは、きっとこう思っているに違いない!とんでもないやつだ!」

などと言っているケースや、これと似たようなケースは実に多いと
思うんです。いかがでしょうか。

前半の「こう思っているに違いない!」という部分は、
主体があくまでも自分です。自分が思っていることですね。

それが、次ぎには「とんでもないやつだ!」というように、主体が
相手に摩り替わっているわけです。

それっておかしくないですか?(笑)

自分が下した解釈に対して、自分が勝手に怒っているわけですから。

要するに、自分が作り上げた相手の虚像に対して
苛立ったり、憤慨したりすることが多いと気づいたのです。

すべての原因がこのケースに当てはまるとはいえませんが、
関係のもつれは、「勝手に自分が作っているだけかも!」
という客観的で冷静な見方も必要ではないかと思いました。


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2006年12月8日 カッコ悪い論。 (NO.776)
 
先日、20代の青年にこんなことを言われました。

「今、自分のやりたいことがあるのですが、もし失敗したら
カッコ悪いし、恥ずかしい。だから、一歩前に踏み出せない
んです」と。

私はこれに対して、「うん。確かにそれはカッコ悪いよね。」
と言いました。

その後、私は続けて、

「カッコ悪いといったのは、失敗のことではないよ。
挑戦したことに対する失敗は、恥ずかしいことでも何でもない。
でも、失敗を恐れて、自分のやりたいことや挑戦したいこと
を押し殺して、行動しないことのほうが、僕からすると、
よっぽどカッコ悪いと思うよ。自分を騙しているんだし。」

というようなことを言いました。

自分のやりたいことを一所懸命、努力し、(本来、これは
努力と言いません)、挑戦したら結果はどうあれ、必ず何かが
残るんです。

でも、それさえしなければ、失敗は無い代わりに、「体験」という
とても大切な機会を逃していることになるんです。

人間は、失敗を避けるために生きているのではなく、
さまざまな体験をするために、今生に生を受けたのでは
ないでしょうか。

意味あって、人間は失敗もするように創られたように
思います。

人から言われることを恐れ、行動をためらっているのは、
決して自分自身を生きていることにならないと思います。
いつでも他人や世間に左右される人生です。

そんな人生を選んでいるのも結局は自分です。

乱暴な言い方ですが、世間や周りの意見なんていい加減です。
状況が変われば、コロコロ変わるからです。
そんな実体のないものに左右されることはありません。

大切なのは、自分がどうなりたいのか、どう生きたいのか、
をしっかり実現することを目指すことではないでしょうか。

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2006年12月4日

困難に対する解釈の仕方(NO.775)
 

           お知らせです。

さて、当社の顧問の生井利幸が、この度、新刊を出しました!
タイトルは、「妻を愛するということ」(生井利幸著、WAVE出版)です。

http://tinyurl.com/y3vrmk

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普段、あなたの目の前に困難が生じたとき、
どうしてますか?

困難を目の前にしたとき、苦しくなるときがあります。
苦しくなるのは、困難から逃れようとしたり、避けようとする
ときです。

実は、そんなときは、困難を避けようとせずに、

「えい、やー!」と

困難に飛び込んでみると覚悟を決めるといいですよ。

実際に覚悟を決めて、飛び込んでみると、
案外、簡単に解決してしまうことって多いんですね。

なぜだか分りますか?

それは、自分に生じる困難というのは、必ず解決できるものしか
やってこないからなんです。

他人の身に起こっている困難を見て、あんなことが自分の身に
起こったらどうしよう。。。などと不安になったり、心配する人も
いますが、それは単なる取り越し苦労です。

何故なら、自分に解決できる困難しか自分にはやってこない
ことになっているからです。

では、もし想像以上の困難が自分の身に起きたらどう解釈すれば
いいのでしょうか?

「へ〜、こんなスゴイことが自分に解決できるのかぁ。
私ってすごいかも!」

と、解釈すればいいんですね(笑)。

「本当に?」と思う人もいるかもしれませんが、本当です。

では、その人に聞きますが、これまで最後まで解決できなかった
困難ってありましたか?

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2006年11月28日 相手に萎縮してしまうとき(NO.774)
 


昨日発行の留学メルマガで、これを「外国人コンプレックスの正体」
と題して書きましたので、転載いたします。

ここから↓ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

■■ 外国人コンプレックスの正体とは?■■


最近、海外へ留学したいけど、外国人を見ると竦(すく)んでしまう、
という人からの留学相談もわりと受けるようになりました。


でも、これは島国で育った日本人にとっては、少なからず誰にでも
あることかもしれませんね。


では、何故、外国人を見ると竦んでしまうのでしょうか?


実は、多くの日本人にとっては、この現象は、外国人でも欧米人に限っている
ケースが多いのです。


実際、アジア系の外国人に対してはわりと平気な日本人って多いのですね。
いかがでしょうか。


ということは、つまり、外国人を見ると竦んでしまうのではなく、正しくは、
欧米人を見ると竦んでしまうという表現が適当でしょう。

この現象も、実は、竦んでしまう根っ子の部分を理解してしまうと、案外
簡単にコンプレックスを外すことができるのですよ。


どういうことかというと、欧米人を見て竦んでしまうという人は、
実は<欧米人が原因で竦んでいるのではない>のです。まずは、
そのことを理解することなんです。


自分が欧米人を特別視しているから竦んでしまうんですね。
つまり、“欧米人”が原因ではなく、“自分自身”が原因で竦んでしまう
のです。


言葉を変えると、自分が勝手に欧米人に対して力を与えていることになる
のです。自分のエネルギーを、無意識に相手にあげてしまっていることと
一緒です。


たとえば、電車の中に、あなたが良く知っている鬼のように恐い上司が
左隣りにいたとしましょう。当然、あなたは緊張するはずです。


同じように、右隣りには知らない人物がいるとしましょう。当然、
あなたは知らない人物である右隣りの人には何も感じないはずです。


そこで、その左隣りの恐い上司の左側にも人が立っていました。
その人にとっては、あなたが恐いと感じる上司は知らない人ですから
当然、右側にいても平気ですね。淡々としていられるはずです。


つまり、その上司が原因で、竦んでいるわけではないことが分ります。
原因は、自分自身が、その人を「恐い人」だと判断を下しているから竦んで
しまうわけです。


欧米人を特別視してしまう原因はいろいろあると思います。たとえば、
英語などに多少なりともコンプレッックスを持っているとか・・・


でも、竦んでしまう究極の原因は、その欧米人にあるのではなく、そのように
欧米人に対して、必要以上に、あなたの力(パワー)を与えてしまっている
自分自身にあるわけです。


説明がちょっと複雑ですが、わかりますか?


そんなときにおすすめしていることは、欧米人を見て竦んでしまったら、
「あ〜、今、自分は勝手に相手に力を与えてしまっているなぁ」と自分自身の
心の中を眺め、感じてください。数分で落ち着いてくるはずです。


それでもまだ竦んでいたら、その気持ちを否定せずに認めてあげて、


「この人は日本の友人・知人に喩えたら、誰に該当するのか、似ているかなぁ?」
と発想してみることです。(笑)


徐々に親近感が湧いてきますよ。これは、特別視から普通に見れるように
なっている証拠です。


相手は自分に対して何も影響力を持たない、影響力があるとすれば、自分が
原因だと思うだけで、その相手からは何も力が働かなくなるのです。
どんな相手でも、です。


あくまでも相手に力を与えているのは自分自身が原因だ、ということを
しっかりと認識することが大切です。


そのように認識できさえすれば、欧米人を見ても、必要以上に力を与える
ことがありませんから、淡々としていられることができると思います。


相手をどうにかしようと思うと、相手あってのことですから、こちらには
どうすることもできません。でも、自分自身をどうにかするのであれば
簡単ですね。


実は、この思考法は、欧米人にかぎらず、自分にとって苦手な人に対しても
効果を発揮する思考法なんですよ。


是非、試してみてくださいね。あくまでも力(パワー)は自分が握っている
ことを忘れないでください!相手に与えすぎないように注意しましょう!

ここまで↑-------------------------------------

私は、この思考法を営業マン時代に活用していました。
特に、駆け出しの営業マン時代は、地位の高い方を前にしたとき
には萎縮したものです(笑)。

でも、この思考法をとるようになった後は、つまり、それはただ単に、
自分自身が勝手に相手に力を与えていただけだ、と気づいてから、
とても気持ちが楽になり、どんな相手に対しても、萎縮することが
なくなったのです。

この思考法はとても効果がありますよ!

-------------------------------------

           お知らせです。

さて、当社の顧問の生井利幸が、この度、新刊を出しました!
タイトルは、「妻を愛するということ」(生井利幸著、WAVE出版)です。

http://tinyurl.com/y3vrmk

このタイトルにピンときた男性は多いかもしれませんね。そんな方には
じっくりと読んでいただきたい内容です。よろしくお願いします。


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2006年11月22日 意外と真意が伝わりにくいメール 。(NO.773)
 
今やメールなしには不便で仕方がない時代になりましたが(笑)、
メールのやりとりって結構難しいものだなぁと感じる今日この頃です。

もともとメールが得意な人と不得意な人がいると思います。
一般的に、得意な人は、わりと長めの文章を書けるのですが、
不得意の人は文章は短めです。

それはそれでいいのですが、メールが好きな人だったり、得意な人は、
長めの文章を書くので、つい相手にも無意識に長目の文章を期待
してしまう傾向があるように思います。

かりに、自分が長めの文章を送った後、相手が短い文章で返信した
ような場合、「素っ気ないなぁ」とか「関心がないのかなぁ」と違和感を
感じることもあるようです。


最近、友人の間に入って、つくずくメールの難しさを痛感いたしました。
お互いの真意が全く伝わっていないのです。それもかえってお互いが
メールの内容によって不信感を増し、関係をこじらせているようでした。

そこで思ったのは、もし、2人が会って会話をしていたら、もっと違った
状況になっていたのでは・・・ということでした。


相手に送る文章というのは、意外と難しいと思います。なぜかというと、
読み手のそのときの心境や状況も、深く影響するからです。もちろん、
実際に会ったときの会話でもそうですが、メールはさらにそれが影響する
と思います。

場合によっては文章の真意が正反対に伝わってしまうことさえあります。

メール万能の時代だからこそ、それらの危険性も十分考慮して利用する
ことが必要だと思いました。


メールの内容に疑問を感じたら、直接、本人に確認してみよう!

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2006年11月20日 何気ない言葉の大切さ。(NO.772)
 
先日、友人と話したとき印象に残った言葉がありました。

それは、「あのときのあの人の言葉があるから、今、頑張れている」
という言葉でした。

言葉って、本当に人に影響を与えるものだと改めて感じましたね。
特に、人が落ち込んでいるときの励ましの言葉ほど勇気づけられるものは
ありません。

非難したり、批判したり、欠点を指摘することは誰でもできるものです。
よく知識人は、自らの知識を誇るかごとく、物事を批判し、自分の能力を
誇示する傾向にありますが、正直、そんな指摘は誰にでもできるものです。

でも、人の良さを褒めたり、物事の良い面を見つけることは誰にでも
出来るものではないと思います。

ある有名な経営コンサルタントは、「新人のコンサルタントは担当する会社の
欠点ばかりを指摘しようとする。優秀なコンサルタントは、その会社の良い面
を見つけ、それに気づかせ、そこを伸ばすことを考える」

本当に的を得ている言葉だと思います。

これは、会社に対してだけではなく、人間に対しても言えることですね。

いずれにしましても、自分の発する言葉は、相手を生かしたり、殺したり
するできるほどのすごい力があるということを、再認識し、普段から言葉を
慎重に選んで使いたいものです。

言葉は選んで使うもの。

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2006年11月11日A ”ローマは一日にしてならず。されど、一日にして滅ぶ” (NO.771)
 


この諺は、いろんな解釈が可能ですが、

「物事は、時間を積み重ねて出来あがるものである。
しかし、崩れるときは一瞬である」

という解釈ができると思います。

あなたはこの諺の意味を、教訓として捉えますか?チャンスとして
捉えますか?

ある意味、これは厳しい現実のたとえ話として捉えることが
できますね。物事のみならず、人間関係や組織でも言えることです。

せっかく時間をかけて作り上げたものが、一瞬のうちに無くなって
しまったら、誰でもたいへんなショックを受けるでしょう。

これまで私は、この諺は、自分の中では教訓として捉えておりました。
しかし、今は、ちょっと違って捉えるようにしているんです。

物事が崩れるということは、見方を変えると、新たな状況が生まれる
機会でもある、と気づいたからです。新たな創造のチャンスとも言える
のではないでしょうか。

私がこれまで、この諺を「教訓」と捉えていたということの裏には
無意識のうちに、滅んだり、崩れたりすることを、「悪」と判断していたと
いうことです。

でも、それ自体、本質的な意味からいうと、「悪」でも「善」でもないのですね。
ただその現象が起こっているだけなのです。

自分が勝手にそれを「悪」として見てしまうところに、苦しみが生じたり、
恐れを感じるようになると気づきました。

今、私は、”ローマは一日にしてならず。されど、一日にして滅ぶ”
その後に、「それもまたよし」と付け加えて考えております。

そのおかげで、とても気持ちが楽になりました。


”ローマは一日にしてならず。されど、一日にして滅ぶ。
それもまたよし”


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2006年11月11日@ 非難は自分の存在の否定につながる?!(NO.770)
 
他人の言動を見て、それが自分の意に添わない、あるいは
都合の悪いことだったりした場合、その相手を非難しがちですね。

でも、よくよく考えてみると、その相手の言動のおかげで、自分自身が
どんな存在なのかを浮き彫りにしてくれるのです。

たとえば、ある人が私に対して、横柄な態度をとってきたとします。

そんなとき、私の心に何かひっかかりを感じたとしたら、
”私は横柄な態度をとる人間ではない”という私自身を気づかせて
くれるし、あるいは”そうなりたくない”というような私を選択させてくれる
きっかけを与えてくれたとも言えます。

つまり、その相手が、私がどんな存在なのかを、気づかせてくれた
ことになるのです。

人を非難することが「良い」、「悪い」ということを言いたいのではなくて、
「自分がどんな人間になりたいか」や「自分の存在」を、気づかせてくれた
相手を、敢えて非難する必要があるのか、ということです。


これは決して、相手の言動そのものが、そのまま自分の存在を表現
しているということではなく、それに対する自分の反応が、自分の存在を
表現しているということです。

その言動がなければ、自分自身がどんな存在なのかを知る
ことはできなかったかもしれません。そんな相手を非難することは
すなわち、自分の存在の否定につながると気づいたとき、ぞっとしました。

非難よりも、相手の言動の中から、最善の自分を選択するだけで
いいのではないでしょうか。することはそれだけで十分だと思います。

全てが赤だったら、赤は存在できない。赤以外があってはじめて
赤が存在できる。

もし、自分が赤であり、あるいは赤になりたい場合、そんな赤以外を
非難できますか?したいですか?


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2006年11月4日 紅葉は語る(?!)(NO.769)
 
紅葉を見に軽井沢へ出かけておりました。

連休前からの旅行でしたので、お陰さまで、行きも帰りも
渋滞に合こともなくスムーズに日程を終えました。
とてもリラッスした一泊二日の楽しい旅行となりました。

たまに『非日常生活』を取り入れることの大切さを改めて実感した
次第です。

ところで、私は紅葉を見に行くと、必ずあることを想ってしまう
んです。

それは、『人生、もっと派手に行っていい!』ということ(笑)。
もちろん、これは私自身が感じたこととしてお読みくださいね。

旅行中、軽井沢は、とても爽快な青空でした。山々には、一面紅葉が
広がり、黄色、オレンジ、赤、緑とさまざまな色合いでこちらの目を
楽しませてくれます。

この色の組み合わせをちょっと想像してみてください。
空は青色、そして紅葉は黄色、オレンジ、赤、緑です。

実に『ド派手』ですね(笑)。でも、見事に調和がとれています。
自然ってスゴイですね。

まるで、自然が、この『ド派手さ』を演出してくれ、私達に、
「もっと派手に行っていいんだよ!」と語りかけてくれているようでした。

自然から学べることって多いですよね。

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2006年11月1日A これからの子供達の発想。(NO.768)
 
誰もが知っている有名な御伽噺に、『アリとキリギリス』がありますね。

働き者のアリさんと、遊び人のキリギリスさんを比較しながら、
たいていの親は、

『ね?キリギリスさんのように遊んでばかりいると
最後には困ることになるのよ。だからアリさんのように
働らかなきゃいけないの』と。

これまでの子供達であれば、素直に、『うん。そうだね。』とこの話を
人生の教訓として素直に聞き入れたことでしょう。

でも、もし、子供がこんなことを言ったらどうですか?

『え?それはおかしいよ。だって、遊び人のキリギリスさんは
好き勝手に遊びながら、しかも最後にはアリさんに助けられたんでしょ?
だったら、遊ばずにずっと働き詰めのアリさんよりも、キリギリスさんのほうが
得しているじゃないか!それはどうして?』と。

さぁ、あなたならこれに対して何と答えますか?(笑)。

これからの子供達の発想はこのようになると思います。

私達のこれまでの常識や価値感では説明がつきにくいことを
どんどん聞いてくるでしょう。

面白い時代になりましたね。


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2006年11月1日@ 物事は常に変化している。(NO.767)
 
世の中のすべてが常に変化してますね。
モノでも、組織でも、人間関係でも、です。

物事は常に変化しています。

普段、私達はそんな当たり前のことを忘れがちです。

これを忘れてしまうと、誰でも苦悩が始まります。

「こんなはずではなかった」とか「以前と違う」などなど。
過去と現在とのギャップに苦しむのです。

でも、そのギャップがあって当たり前なのです。
同じ状況がいつまでも続くことなんてあり得ないからです。

もちろん、それが自分にとって都合がいいことでも、悪いと思えること
でも一緒です。

ですから、良いこと、悪いことを含め、過去は過去として引きずらない
ほうがいいと思います。

常に”今、新たに受け直す”姿勢で、目の前のモノや出来事、
人間関係にあたってみてはどうでしょう?

この姿勢でいると、さまざまな変化にも対応できますし、新鮮な気持ちで
瞬間瞬間を楽しめるのではないでしょうか。

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2006年10月28日

困っている人を見たとき。(NO.766)
 
普段、困ってそうな人を見ると、つい「あの人、可愛そうだなぁ」
という感情が湧いてくると思います。

すると、その人を”可愛そうな人だ”と見てしまい、何かしてあげ
なければ・・・と、あれこれ考えて、手助けをしようとするかもしれません。

でも、よくよく考えてみると、その相手は、必ずしも、自分自身をみじめ
だとか、つらい想いをしているとか感じてないかもしれないんですね。

何を言いたいかというと、私達は自分自身の中にある価値感を通して
他人を見いている、判断している、
ということです。

自分だったらこう感じる、こう想うに違いない、という観点から相手を
見ているということです。それが良い悪いということではなく、そのような
傾向にあるということです。

つまり、相手にとっての事実を見ているとは限らない、ということ
なんです。

このことを分っていないと、困っているように見える人がいた場合、
本当にその人が求めていること、必要なことをしてあげられないかも
しれません。

反対に、このことを理解しておくと、自分自身の思考を客観視している
ことになるので、つまり、自分自身の価値感という色眼鏡を外せるので、
これまでよりも、相手をありのままに近い状態で見てあげることができる
と思います。

よかれと思ってしてあげたのに・・・・という話は、ほとんどがこのことに絡んで
くるのではないでしょうか。


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2006年10月25日 「得する人」の聞きかた 。(NO.765)
 
こんな場合、あなたならどうですか?

ある言葉に、とても共感し、いいなぁと思った。
そして、その言葉の発言者は誰だろうと調べたら、
自分が信頼するに及ばない人の発言だった・・・

そんなとき、その共感した言葉を素直に受け入れますか?
それとも、発言者が誰なのかによっては、その言葉を拒絶しますか?

これは普段、人との会話の場面や文章を読んでいるときでも
あり得ることだと思います。

『得する人』の聞きかたというのは、たとえその発言者が自分が重きを
置いていない人の言葉であっても、その言葉は言葉として自分のものに
してしまう人だと思うんです。

このように書くと、「つまり、人の話は謙虚に聞きましょうといいたいのか!」
と思われがちですが(笑)、それとは少しニュアンスが違います。

共感する言葉やピンときた言葉とは、それを誰が言ったかよりも、
何が語られたのかという内容のほうがより重要
だと思うのです。

なぜかというと、それらの言葉というのは、普段、自分が発している
アンテナによって引き寄せられた言葉だと思えるからです。そのアンテナを
発していないかぎり、その言葉は自分の心に引っ掛かりようがないのです。

つまり、そのときの自分にとって、必要な言葉だからこそ、引っ掛かって
くれたのですね。そこには、誰が言ったのかは関係ないと思います。

せっかく自分にとって必要な言葉が届いているのに、その発言者を見て、
「若僧が言った言葉だから・・・」とか、「実績がない奴の発言だから・・・」
というような理由で、拒絶したくないものですね。

これまでのように、あの人が言った言葉だから信じようというようなスタンス
ではなく、自分が共感したり、ピンときた言葉であれば、それが誰の言葉
であっても素直に自分のモノにしていきたいものです。

せっかく自分が引き寄せた、自分にとって必要な言葉なのだから。


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2006年10月23日 相手は自分の見方に応じて変化する。(NO.764)
 
先週の土曜日の夜、高校時代の友人と久しぶりに飲みました。
3年間、苦楽をともにした同じ部活のメンバーだったので、
とてもリラックスした飲み会になりました。


雑談の中で、何かの話の流れから、私が「俺はよく血液型はA型で、
長男に見られる」という話をしたら、爆笑されたのです。ちなみに、
私の血液型は(?)型で次男です。


「お前、猫かぶってんじゃないの?」といわれてしまいました(笑)。
昔からの私を知っている人から見ると、どうやらウケてしまったようです。


普段、猫をかぶっているつもりはないのですが、でも、よくよく考えてみると、
自分自身にはいろいろな面があるなぁと思ったのですね。


恐らく、これは私にかぎったことではないように思いますがいかがでしょう?


そのときにふと感じたことなんですが、私自身もよく「この人は、こんな人だ」
と決め付けていることがあるなぁと思ったんです。


でも、それってその人のほんの一面を見ているに過ぎない。しかも、
その人に対して、ある見方で固定してしまうと、相手はその見方の通りに
表現してくるものです。


その証拠に、その飲み会では、確かに私は、彼らの期待とおり(?!)の
「血液型が(?)型の次男坊」という感じだったように思います(笑)。
不思議ですね。相手の見方通りに表現していたことになります。


つまり、別の言い方をすると、自分が、その相手がどんな人なのかを決め
、その見方通りの相手を見ているとも言えなくもない。


ですから、人に対しては、あまり固定した見方をしないほうが、
相手のいろんな面が見れて楽しいかもしれませんよ。


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2006年10月20日 自分の責任として受け止める勇気を持とう! (NO.763)
 
以前、留学相談にこられた方が、自分の勤めている会社で、
思うように評価されないため(出世できないため)、いっそのこと
そんな会社を辞めてしまい、留学することを検討している旨の
相談を受けたことがあります。

内容を聞いてみると、なるほど、確かに立派な自論をお持ちのよう
でしたが、解せない点があったのですね。

それは、すべて『他人(会社や上司)が悪い』という視点からのみ
語られていて、一切、自分自身の非は語られなかったからです。

私はかなりの時間、その方の会社に対する愚痴を聞いておりましたが、
聞き終わった後、「今の状態のままでは、留学はおすすめしません」と
はっきりと申しあげました。

理由は、すべてを被害者の視点から眺める癖が出来上がってしまって
いるからです。このようなタイプの方は留学には向きません。

会社で出世できないという苛立ちは分らないでもないのですが、
一企業で出世できるかどうかを決めるのは、自分自身ではないはずです。
それは会社や上司が決めることなのですね。それが社会のルールです。

従って、出世できないその方自身の問題が必ず何かあるはずなのです。
それをまず考えることをはじめないかぎりは、いつまで経っても社内で
出世なんて出来ないのではないでしょうか。かりに他の会社へ移った
としても一緒だと思います。

会社に対する貢献を計るにしても、それは数字として残る実績ばかり
ではないかもしれません。自分自身が与えられた役割りに対してはどう
だったのか。

かりに役職をもっていたとしたら、部下に対して、上司に対しての日頃の
信頼度はどうだったのかなどいろいろあるはずです。

いずれにしても、何か自分にとって不利なことや好ましくない状況が
起きたとき、それをただ他人の責任として済ませてしまうのか、それとも、
自分自身の問題として謙虚に反省なり行動を変えていく努力をしていくか
で、その人の今後の方向性や成長の度合いが全く変ってしまうように
思います。

私は後者のほうが、断然、得する生き方だと思います。


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2006年10月15日 人の記憶はいい加減。 (NO.762)
 

人の記憶って、案外、いい加減だったリしませんか?

たとえば、昔の友人同士で会話をすると、必ずといっていいほど、
当時の思い出話になりますね(笑)

そんなとき、過去の同じ場面の話題になり、自分が覚えていた記憶と、
周りの人が覚えていた記憶が違っていた、なんてことがあるものです。

つまり、人それぞれの過去として、同じ場面のことであっても、別々の記憶を
していることになるのです。

それが事実なのか、事実でないのかに関わらずです。

それって面白くないですか?

だって、見方をかえると、その人が信じていたことが事実として記憶に
残ているだけなんですから。

だとしたら、今、何か過去のことを引きずっている人は、そんな曖昧な
記憶として残る過去のことを、あまり拘る事はないかもしれませんよ。


以前、私の友人が、昔、ある人から言われた言葉に傷つき、
ずっとその相手を恨んでいたのです。ところが、ずっと後になり、
その相手と再会して、その話題になったらしいんです。


すると、相手の言った言葉は、実は、本人が思っていた内容では
なかったそうです。つまり、勘違いだったのです。勘違いしていたことを
事実として記憶していたのですね。

でも、その友人は、その相手をずっと恨んでいたのです。言われた
内容に、自分が違う解釈をしたにもかかわらず、事実として受け入れて
いたからです。でも、本当は事実ではなかった。

事実でないことを事実として受けいれても、やはり、その友人にとっては、
事実になってしまうんです。その証拠に、そのことを思い出すたびに、
ずっとこれまで嫌な気分になっていたのですから。

私達が記憶している過去は、それが本当に正しいのかどうかわかり
ません。自分にとっていい記憶であるならいいのですが(笑)、自分にとって
嫌な記憶であれば、勇気を出して忘れてみませんか?

だって本当にそれが正しいかどうかわからないのですから。

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2006年10月12日 俺流、中日・落合監督の物事の視点 (NO.761)
 
先日、プロ野球のセントラルリーグでは、中日ドラゴンズが2年ぶりに
優勝しましたね。中日フアンの方、おめでとうございます!

私は別の球団のフアンなのですが(笑)、個人的には、落合監督のフアン
でもあります。

落合監督といえば、現役時代、3冠王を3度も達成という偉業を成し遂げた
人物でもあります。これは日本では彼一人だけです。

私は学生時代から、落合さんの発言や発想が好きで、いつも注目して
おりました。

現役時代、ある記者から、一流打者の基準である3割という成績を
なぜそんなに簡単に残せるのか、という質問に対して、

「打撃で3割の成績を残すには、3回打席が回ってきたら1本ヒットを
打たなければならない。そのようにみんなは考える。だから打てなくなる。

でも、俺は違う。100回の打席のうち、30本ヒットを打てばいいと考えている。
つまり、100回打席が回ってきたら、70回も失敗できるんだよ。」と。

私は学生時代、この発想を聞いたときは、とても感動しました。
物事は、難しい方向からのみ考えるのではなく、簡単な方向、気が楽になる
方向から考てみると、プレッシャーがかからず、意外といい結果が生まれる

ものですね。

確か落合さんが中日の監督就任後、記者の質問で「監督業は難しい
と思いますが、どう思いますか?」との質問に対して、即座に、

「あ、簡単、簡単!」

と言っていたのを覚えております(笑) 

普通であれば、このような質問に対して、「監督業は難しい」という方向
から考えて、コメントをする人が多いと思うのですが、彼は違いました。

仕事や普段の生活においても、物事を難しいという視点から考えるよりも、
「簡単だ」という視点や、自分の気持ちを楽にする視点から考えたほうが、
いいアイデアが出てきたり、思い切った行動がとれるのではないでしょうか。

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2006年10月3日A 人間関係の視点 (NO.760)
 
人間関係の悩みは尽きません(笑)。

ある意味、人間関係って、自分の価値感をぶち壊して(?!)
くれるためにあるものだと思うことがあります(笑)。
いかがでしょう。

以前、私の後輩は、彼女を好きな理由を聞かれて、
「わがままなところが可愛いです」なんて言っておりましたが、
面白いですね、今ではその彼女が奥さんとなり、そのわがままなところが
一番腹が立つ、と言っておりました(笑)。

神様はどうやらパートナーをそのようにくっつけるらしい(笑)
つまり、くっつく前には魅力的に見せておいて、ある時期から
その幻想を解く。ある意味、残酷ですよね。

でも、一番身近な人間だからこそ、それに立ち向かわねばなりません!
なかなか良くできた仕組みです。

これはパートナーにかぎったことではありません。
身内家族、友人関係、知人、仕事の上司部下の関係でも、
自分の価値感を本当に壊してくれますね。

でも、そのために身近にいてくれているのかもしれませんよ。
自分の偏った価値感をニュートラルに戻してくれるために。

これは決して相手の価値感に迎合しましょうといっているのでは
ありません。自分と違う価値感と向き合うとき、はじめて自分の価値感
が浮き彫りとなり、理解できるという意味です。

そんな視点から人間関係を捉えたとき、嫌味な人でさえ、腹が立つ
度合いが薄れてしまいます。

だって自分の価値感に気づかせてくれるために、わざわざ違う意見を
言ってくれたり、ぶつかってくれるからです。

だとしたら、そんな存在って、自分自身を知る意味ではとても大切なのでは
ないでしょうか 。

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2006年10月3日@

ポジティブシンキングになれないときは (NO.759)
 
留学相談などで、「どうしたらポジティブシンキングになれるのか?」
という質問をもらうことがあります。

私はそんなときは、「どうしてポジティブシンキングになりたいの?」
と聞くことがあるんです。

すると、ポジティブシンキングは良いと言われているし、何でも積極的に事に
当にたることはいいことだから・・・という返事が返ってきますね。

実際、ポジティブシンキングになるにはとても簡単な方法でなれるのですが、
私は、誰に対しても、何が何でもポジティブシンキングになればいいなどと
考えてはいないのです。

ポジティブでないがゆえに、上手くいくこともあるからです。私自身それを
体験しております。人生、何が幸いするかわかりません。

今の自分がどうしてもポジティブになれないとしたら、今はそのほうが
自分にとっていいから、必要だからかもしれませんよ。

面白いのは、ポジティブになれないそんな自分を認めてあげたときが、
もっともポジティブになり、活動的になれたりするんですけどね(笑)。

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2006年9月30日 物事に動じる人と、動じない人との違い。(NO.758)
 

普通の人であれば、何かトラブルや揉め事などが起こったときなどは、
ついそれに捉われてしまい、次の瞬間から、”心ここにあらず”状態となって
しまいますね。

それとは反対に、何が起きても、それらに動じない人もいるものです。

その違いは何でしょうね。

私が思うに、物事に動じないと思えるような人であっても、
その瞬間は動揺することもあると思うのです。でも、普通の人と
違う点は、その人は、もう次の瞬間の”今”を生きられる人だと
思うのです。いつでも目の前のことに意識を振り向けることが
できる人だと思うのです。

たとえば、心配事などがあったとき、人と会っていても、その心配事で
頭が一杯になり、目の前の人やモノに意識を向けることができなくなる
なんてことはありませんか?人の話しを上の空で聞いていたり・・・・

でも、物事に動じない人というのは、心配ごとがあっても、それはそれとして、
今、目の前の人やモノに完全に意識を集中できる人であると思うのです。
ですから、周りからは、いつでも心配事がないように見えるかもしれませんね。

そんな生き方が出来たら、とても楽に生きられると思いませんか?
なぜなら、辛い、苦しい状況のときというのは、意識は”今”になく、
過去や未来にあるからです。

これは普段から意識の持ち方の訓練をしないと、なかなかできることでは
ないと思います。

そこで、そんなトレーニングをするのに、とても参考になる本を紹介しましょう。

「願いが叶う心の筋トレ」 大和出版 みさき よしの著 です。

著者のみさきさんとは、二度ほどお会いしたことがありますが、
実際のビジネスでも成功されている女性経営者でもあり、
とてもすばらしい方です。

よかったら一読をお勧めします。


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2006年9月22日

”人づて”に聞いた言葉には要注意。(NO.757)

 
日常会話の中で、「誰々さんがこう言ってたよ」というような
話をよくすることがあります。

実際、それを聞き、そのまま、その誰々さんが言った言葉と
して受け入れてしまうことってないですか?

聞き手にとって、その内容がいいものであれば良いのですが、
悪い内容でしたら、とても嫌な気持ちになるかもしれません。

でも、数人が一列に並び、あるメッセージを、順番に、ひとりづつヒソヒソと
耳打ちした結果、最後に伝わるメッセージが、当初のメッセージの内容と、
大分、変化してしまう現象が起こるように、”人づて”による言葉の内容には、
十分に注意が必要です。

案外、そんなことで誤解が生じ、人間関係までもが崩れてしまうことが
実際、あるものです。

”人づて”の言葉は、その言葉を伝える人のフィルターに通っていることを
忘れないようにしましょう。

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2006年9月17日 『世の中は甘くない』的発想の落とし穴 (NO.756)
 


この『世の中は甘くない』という発想は、現代社会において、
ひとつの常識だと思います。多くの人が疑いもなく信じていることでしょう。

私は、この発想自体が正しいとか、間違いだとかを論ずることは意味が
ないと考えております。ただ、この発想が、ときに物事に挑戦しようと
する気持ちを削いでしまうこともあると考えております。

なぜなら、この発想が、挑戦を諦めさせるのに十分な言い訳になる
からです。

よほどの信念を持ち合わせている人以外は、とくに、自分の尊敬する人、
偉いと思っている人から、このように言われると、『このことに挑戦する
なんて、自分の考えが甘いんじゃないか』と思ってしまいがちです。

何かに挑戦しようとするときは、『世の中は甘くない』的発想は、
むしろ百害あって一利なし、だと考えます。プラスに作用しづらいからです。

これは決して、そのようにアドバイスをする人達を否定しているのでは
ありません。でも、そんなアドバイスをしている人達でさえ、はじめから、
『世の中は甘くない』という発想で物事に挑戦していたとは思えない
からです。

そう考えなかったからこそ、それに挑戦できたかもしれない。

はじめは深いことを考えずに、勢いで挑戦し、何かを成し遂げた後、
その世界の中に入り、厳しさ、辛さ、たいへんさを知るのだと思います。


つまり、それは、 人から教わるものでなく、自分が気づくものです。
それまでは、そんな発想は忘れて、思いっきりぶつかればいいと
私は思います。

人は、それができる可能性があるからこそ、それに挑戦しよう!という
発想が湧くものです。

自分を信じて、頑張っていきましょう!

『世の中は甘くない!』という発想が、甘くない現実を自分自身が作って
いるかもしれませんよ。人は自分が信じている通りを体験しているのだから。

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2006年9月13日

気持ちの切り替えの達人・ヤンキース松井秀喜選手。(NO.755)
 
124日ぶりに、ヤンキースの松井秀喜選手が、大リーグ復帰を果しました。
試合から4ヶ月も離れていたにもかかわらず、なんと12日の試合で4安打!
やはり松井選手の非凡さは光ります。

試合後のインタビューでは、

「・・・・4カ月間、グラウンドに立つ日を待ち、その日が来るのを信じて
自分ができることをやってきたので、つらくはなかった。グラウンドに立てば
やるべきことは変わらない。残り少ない試合でいいプレーをしてチームの力になりたい」

と語ってたそうです。

競争の激しい大リーグの世界ですから、怪我でしばらく出場ができない
となると、不安で不安でたまらないと思うのです。普通であれば、目の前
のことにも集中ができない精神状態かもしれません。

しかし、松井選手は、「グラウンドに立つ日を待ち、その日が来るのを信じて
自分ができることをやってきた」と語っているのです。とても印象的なコメントです。

怪我の間、心の焦点を、未来の心配や不安にではなく、
『今自分ができること』に置くことを選択した
のだと思います。

ここに彼の強さやパワーの秘訣が隠されているように思います。

過去や未来よりも、『今できること』に集中しよう!

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2006年9月11日A

何があっても淡々と・・・(NO.754)

 
日常生活において、実にさまざまなことが起こります。
いいと思えるようなことばかりではなく、悪いと思えるようなこともです。

悪いと思えるようなことが起きたとき、どう気持ちを整理しますか?

ポジティブに物事を考えられる人であれば、「ここは積極的にならないと!」
と消極的なことを考えないように頑張るでしょうし、スピリチュアル系の方で
あれば、「この状況にはきっと何か意味がある」と考えるかもしれませんね(笑)

私は、そんなときは、無理に積極的になろうとか、意味を考えたりしません。
「ただ淡々と物事に対応する」、というのが一番近い感覚かもしれません。

なぜ、そんな考え方を採用(?)しているのかというと、悪いと思えるような
ことであっても、本当にそれが自分にとって悪いことかどうか分らないからです。

災い転じて福となす、ということわざの通り、悪い状況だと思ったことで
あっても、後々、それが物事が好転するためのきっかけだったりするのですね。

また、現象の意味を考えたところで、そのときは大抵分かりませんね。

ですから、起きてきた現象の意味を考えたり、いちいち、良いとか、悪いとか、
という判断をするのは、あまり意味がないように思えるのです。

私たちは、物事をすぐに善悪で判断する思考の癖があります。その思考の
ために、相手や自分自身を責め、それがかえって自分自身を苦しめている
ように思います。

「ただ淡々と・・・」

この思考をとると、楽に物事に集中できますよ。
是非、おすすめします.

 

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2006年9月11日@ ”非日常”を生活に取り入れてみる(NO.753)
 
とかく人は、日常のルーティーンワークに追われ、できるだけ
同じスタイルや行動を無意識に選ぼうとしますね。そのほうが楽
だからです。現状維持にとどまり、変化を好まなくなるです。


たとえば、身近な例でいうと、こんなことでもそれが分ります。


毎朝、通学、通勤電車に乗る際、無意識にいつもと同じ時間の電車、
車両、ポジションにいませんか?いつもと同じだと、どこか安心する
からですね。そんな心理が働きます。


日常生活に少しだけ変化を加えてみるだけで、新しい発想が出たり、
気持ちをリフレッシュさせることができます。


最近、生活していて、何となく気持ちが晴れなかったり、楽しく感じなれ
ないとしたら、生活に変化を加えて欲しいという本来の自分からのサイン
かもしれません。


そんなときは、 “非日常の空間を持つ”といいと思います。


それは、旅行をするとか、コンサートへ行ったり、映画を鑑賞するとか
何でもいいと思います。“非日常の体験”を味わってみるのです。


忙しいからそんな時間がとれないという人もいますが、むしろ私は逆だと
思っています。そんなときだからこそ、非日常の体験を味わう必要があるの
ではないかと。


自分自身を楽しませることって、とても大切なことだと私は考えています。
自分がハッピーなときは、人にもやさしくなれますね。


どんな人でも、自分の機嫌がいいときには、人に意地悪しようなんて発想が
湧きません(笑)。つまり、自分をハッピーにすることは、周りにとっても
いいことなんです。


そのためにも、日頃から、“非日常”のイベントを上手に取り入れて、
楽しんでいきましょう!


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2006年9月3日 進路における、人へのアドバイス −後編 (NO.752)
 
前回の続きです。

では、なぜ、前回のようなアドバイスが好きになれないかというと、
そのアドバイスを受け入れた人自身の貴重な体験を奪うことになる
からです。

成功するかどうかはやってみないと分りませんし、どちらの結果になった
としても、挑戦することでそこに何が必ず生まれるはずです。

成功するとか失敗するかよりも、自分のやりたいこと、夢目標に全力で
挑戦する体験をすることのほうが、今後のその人の人生において貴重な
財産になると思うのです。

なぜなら、今生で生を受けたということは、人間として、さまざまな体験を
するために生まれてきていると考えられるからです。

人は、何かを成し遂げることよりも、さまざまな体験することに価値を
置いたとき、もっとも行動的になり、輝く
のではないでしょうか。

体験重視でいくと、失敗の恐れも消えうせます。

何でも安全なレールを引いてあげて、そこを通らせるか、自分でレールを
作らせる体験を積ませるか・・・どちらが本当の意味で、その人の成長に
つながるかを考えてみたとき、自然と適当なアドバイスができるように
思います。

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2006年9月2日

進路における、人へのアドバイスー前編 (NO.751)

 

今年の夏の甲子園大会で騒がれた優勝投手・S君の進路について
たいへん話題になっておりますね。

大学進学かプロかという選択についていろいろ言われています。
あれだけ周りに騒がれてしまうと少し気の毒な気もします(苦笑)

先日、テレビを見ていたら、あるコメンテーターがこういう意見を
述べていました。

「プロ選手として活躍できるのは数年。しかも大成するのはほんの一握り。
だから、今すぐプロに行かずに、まずはいろんなつぶしが効く意味で
大学へ進学したほうがいい」

まぁ、極めて常識的なコメントですね。安全策といえるようなコメント
だと思います。

こういう意見って案外多いように思います。一見、その人の為に
アドバイスしているようにも思えるのですが、あなたはどう思いますか?

もちろん、進路を決める本人が納得してこのような判断を下したので
あればそれはそれで立派な決断と言えるでしょう。

ただ進路を決める本人以外の人がこのようなアドバイスをするのは
私はあまり好きではありません。

続きは次回に書きたいと思います。




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2006年8月28日

最近の過保護な親達 (NO.750

 
先日、友人に聞いた話なのですが、驚くような話がありました。

それは、どちらも小学生の親達の話なのですが、ひとつは「競争」に
関すること、もうひとつは「感謝」に関することです。

ある小学校では、運動会の種目のひとつである徒競走で、一緒に走る
メンバーを決める際、事前に体育の時間でタイムを計り、大体同じくらい
のタイムの生徒同士を競わせるのだそうです。

驚いたことに、親によっては、その状況を知っているため、
事前に自分の子供に、そのタイムを計る体育の時間のときは、
できるだけ遅く走るようにアドバイスをするんだそうです。

なぜだか分りますか?

タイムを計るときに遅く走れば、実際の運動会での徒競走でのメンバーは、
自分の実力より遅い人同士の中で走れるからです。要するに、そこで
上位や一位を狙えるのですね。

それを聞いたときは、親が子供にそんなことをアドバイスすること自体、
ちょっと恐ろしい気もしました。

大人達は「勝たねば意味がない。勝つことにこそ価値がある」と平気で
うそぶきますが、「負けて勝つ」という日本古来の教えもあることを伝える
必要があるように思います。

かりに前述のような方法で一位になってからといって、一体、どんな意味
や価値があるのでしょう。

勝ち方にも「作法」 があるのではないでしょうか。

目先の勝利や達成感を重要視する過保護な親に育てられた子供は、
この先どうなるのでしょうね。


小手先の勝利で、本来の自分の実力を過信し、敗者に対しても
情けがかけられない人間に育たないように願いたいものです。

もうひとつの「感謝」についての話は、また別の機会に述べたいと
思います。

いずれにしても、最近、子供の教育が問題視されていますが、
それよりも先に、親の教育のほうが必要かもしれません。

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2006年8月27日

24時間テレビを見て感じたこと (NO.749)
 
昨夜、数年ぶりに24時間テレビを見ました。

この番組は恵まれない人達へのチャリティー番組なのですが、
プログラムの中で体の不自由な方々がさまざまなことに挑戦する企画が
あります。

どれも感動したのですが、特に印象深かったのは、両手、両足が
不自由なピアニストの女性です。その方は韓国の方なのですが、
生まれつき両手の指が二本であるにもかかわらず何とピアニスト
なのですね。

その彼女が引くピアノの伴奏で歌う平原綾香さんとのコラボ
「Jupiter」はすばらしかったです。

その女性の幼年時代が再現されていたのですが、驚きました。

彼女はとても明るい性格で、

たとえば、彼女が公園で周りの同世代の子供たちと遊ぼうと誘う
のですが、声をかけた彼らから、彼女の指を指摘され、
「鬼みたいな手だ」といわれたときでも、「そうなの。鬼みたいでしょ。
だから私が鬼をやるから鬼ごっこして遊ぼうよ!」

と言ったシーンが再現されていたのです。

なんて魂のレベルが高い人なんだろうと思いましたね。

それを見終わった後、あらためて感じたことは、身体的に不自由な
方々とその家族は、もともと、とても魂のレベルが高いということ。
これは間違いないと思います。

ですから、身体的な部分のみで、彼等を哀れみの目で見てしまう
としたら、それはちょっと違うかもしれません。哀れみの対象でなく、
尊敬の対象でしょうね。

逆に”身体的に不自由な方”からしたら、自分達を哀れみの目で
見る”身体的に健康な人達”を「精神的に不自由な人」と見えている
かもしれません。

とても考えさせられるワンシーンでした。

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2006年8月11日 過去や未来よりも、今、目の前の事に心を込める。 (NO.748)
 


私は時代劇ドラマ「子連れ狼」が大好きです。

最近、毎日(月ー金)午前中に再放送をしているので、
ビデオ録画をしたものを、空いた時間に見るのが日課です。

このドラマを見るたびに、何かしら”気づき”があります。
私にとってはいわば教育番組のようなものです。(笑)

たとえば、このドラマでは、主人公の拝一刀(おがみ いっとう)の
一子、大五郎が人質にとられてしまうシーンがしばしばあるのです。

そんなときでも、拝一刀は、旅先でお世話になった人などが、
目の前で斬られてしまったときなどは、人質に取られた子供をすぐに
追わずに、まずは、その斬られた人達を埋葬し、供養するのです。
このようなシーンを度々見ました。

数年前にこのシーンを見たときは、「実際、自分の息子が
人質にとられているのに、他人のことをかばっている場合ではないし、
こんなことはできるものではない」と思っていたのです。

当たり前ですが、ドラマとして見ておりました。
ただ、最近では、ちょっと見方が変化してきました。

それは、今、目の前のことに、心を込めて接することで、自然と
この 先も上手く回るようになっているのかもしれない、
と思うように
なったのです。

言葉を変えれば、この先に(未来に)やらなければならないこと、
心配なことがあったとしても、今、目の前のことを優先しても大丈夫だ

ということです。

このように発想をすることで、とても心が落ち着きます。
何故なら、取り越し苦労がなくなるからです。

心は”今”に集中しているとき、不安や恐れは生じようがありません。
それが心のしくみだからです。心が今にないとき、つまり、過去や未来
に置いているとき、不安や恐れが生じるのです。

ただ目の前のことに心を込めて接するだけでいい。


目の前のこととは、出来事であっても、人であっても一緒だと思います。
そうすれば、人生の流れに乗る。

これ、法則かもしれませんよ。

普段、私たちは、常に未来や過去のために、今を使ってませんか?
言葉を変えれば、今という貴重な瞬間を犠牲にしているといえる
かもしれません。

過去や未来よりも、今をどう生ききるかでこの先が決まってくる
としてら、『今』に対するあなたの行動は変わってしまうかもしれません。



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2006年7月25日

こんなときは、むしろチャンスですよ! (NO.747)

 

先日、横綱昇進がかかっていた場所を迎えたモンゴル出身の
大関・白鵬は、横綱昇進の基準となる13勝をあげたにもかかわらず、
昇進が来場所へと見送られました。

千秋楽(その場所の最終日)に、すでに優勝を決めていた同じモンゴル
出身の先輩力士、横綱・朝青龍を破り、ついに13勝をあげ、横綱昇進
へと期待をつなげたのです。

ところが、結局、横綱審議委員会で昇進を見送られたのです。
当然、本人もはじめは納得がいかなかったようですが、その後、
母親からの電話で気持ちが落ち着いたのでした。

母親は、息子の白鵬に、「貴乃花は(94年)全勝したのに横綱を
見送られた。それに比べればお前はまだいい。次頑張れば大丈夫」と
励ましたのです。

さすがにいいことを言いますね。理不尽なことに遭遇した際、
世の中には自分よりも理不尽なことに遭いながらも、腐らずに
頑張っている人がいるということを教えたのでしょう。

ご存知のように、実際、横綱昇進後の元・貴乃花の活躍は
すばらしいもので、相撲史に残る名横綱になりましたね。

並の親であれば、理不尽とも思える評価をされたときには、
「息子が可愛そう。横綱審議委員会の決断は不当だ!」など
というところでしょう(笑)。

誰でも、人から自分が納得いかない評価を受けたり、理不尽なことに
遭うことってありますよね。たとえば、友人関係でも会社内でも一緒だと
思います。

でも、そこで腐ってしまうのか、否かでその人の人間性が出てくるように
思います。

面白いのは、好ましくない評価をされたり、理不尽な対応をされた後、
腐らずにそれに乗り越えると、きまって理不尽でないとき以上のオマケ
がついてくるのですね。それは、きっと神様からのご褒美なのかもしれ
ませんね(笑)。

いずれにしても、今、自分のおかれた境遇に不満を持ったり、
納得いかないことに遭遇している人は、チャンスです。

どんな境遇にいても、まずは、白鵬関の母親がアドバイスしたように、
「自分はそれでもまだ恵まれているよなぁ」
と思える事例を探すことです。探せばきっと見つかるでしょう。

そこから自信を取り戻すことをオススメします。腐らずに事に当たって
いけば、必ず予想以上のビッグなオマケがついてくると信じることです。

今、不当だと思える評価を受けたり、好ましくない状況にいる人は、
まさに今、自分のレベルを上げられるチャンスの中にいるということを
忘れないでくださいね。

そんなチャンスはそう頻繁にあるものではないのですから。

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2006年7月25日A 人間関係修復のヒント (NO.746)
 
ここ最近、数人の方から人間関係について意見を求められました。
友人関係だったり、会社の関係だったり。。。

私たちにとって、人間関係は永遠のテーマかもしれませんね。

もちろん、こんなことを書いている私自身も人間関係で腹の立つことも
ありますし、逆に相手に嫌な感情を与えてしまうこともあるでしょう。

ただ、人間関係で確実にひとつ言えることがあります。

それは、相手の言動そのものに苦しんだり、悩んだりするというよりも、
むしろ、その相手の言動自体を、”自分自身が否定する、咎める”
ことにより、自分が悩み苦しんでいる
ということです。

つまり、相手の言動そのものよりも、自分自身の価値観の問題
なのですね。

たとえば、「友人はこうあるべきだ!」とか、「部下は、上司は、
こうあるべきだ!」

という自分の価値感が、思うようにならないとき、その相手を否定し、
咎めた結果、 自分が苦しんでしまうのです。

そのため、人間関係の修復の原因を、相手に求めるよりも、
実は、自分の価値感を変えてしまうと、解決が早いのです。

そのカラクリを知ってしまえば、わりと早く立ち直ることができると
思いますよ。

 

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2006年7月25日@ 自分自身に厳しすぎる人には・・・ (NO.745)
 


昨日、NHKの”うつ” をテーマにした番組をしばらく見ていました。

きっと、当事者でないと理解できないことも多いのだろうなぁ、と
思う一方、”うつ” という自覚がないまま、似たような症状に悩んでいる
人も結構多いのではないか、と思ったのです。

その番組は、何人かが集まって話し合う形式で進められていたのですが、
その間、テレビ画面の下のフリップには、実際にうつを経験された方や、
現在もその症状と闘っている方のメッセージが次々に表示されていた
のです。

それを読んでいて共通していたことは、皆、自分自身に対して
”厳しい”ということでした。

「〜していいのだろうか?」「〜であるべきなのに、それができない
自分は価値がない 」 「〜すべき」というコメントが多く目についた
のです。

たとえば、「自分はこのまま存在していていいのだろうか」
「周りに迷惑をかけているのではないか」などなど。
常に他人に目が向いているのです。

自分自身が常に何かをしなければ存在価値がない、という
ニュアンスのコメントが多かったと思います。

私たちは、これまで「何かを達成してナンボだ。価値がある」 という
生活を強いられてきたように思います。確かにそれはそれで 立派だ
とは思うのですが、もっとスゴイ価値を忘れているような気がします。

それは、「人の存在価値」 です。

人は、 存在しているだけで価値がある。何かをしなければ価値がない、
なんてことはないと思います 。

こんなことを書くと、相当なバッシングを受けそうな気もしますが、
これは、その人の存在がなくなったときに分るものです。

「この人がいてさえくれればいい」 「命があってさえくれれば」と。

人がこの世の中に生まれてくるときには、親は「この子が、
ただ元気に育ってさえくれればいい」と願い、誕生の喜びを噛締める
はずです。

ところが、いつしかそれを忘れ、子供に期待をよせ、純真な子供も
その親の期待に応えるべく頑張らなくてはならないと錯覚し、
何かをしないと自分に価値がない、と次第に思い込み始めます。

もうそろそろ、「人は何かを為すことで価値が決まるというのではなく、
存在自体ですでに十分な価値がある」という事実を、思い出す
時代になってきているのではないでしょうか?

うつの症状の人がこれほどまでに増えている状況を冷静に考えると、
そんな時代の警告のようにも思えます。

「〜すべき」「〜しなければならない」 という価値観を持ちすぎてしまう
と、本来の自分が出せないように思います。

そんな人は、頑張らずに、もっと気楽に怠ける時期があっても、
いいのではないでしょうか。 自分の存在価値をあらためて自覚
できたとき、きっとその人は輝きはじめるように思います。

頑張らないほうが、輝ける人もいるのですよ。

自分に厳しい人は、もっと自分に対して、やさしくしてもいいように
思いました。


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2006年7月21日 運がいい人 とは? (NO.744)
 
運のいい人ってどんな人をいうのでしょうね?

一般的には、努力せずに何かを手に入れた人とか(笑)、
普通なら交通事故に遭うところを上手く避けられた人だとか・・・

もちろん、そんな人達もある意味、運の強い人だといえるかも
しれませんね。

私はもうひとつ別の観点から捉えています。

それは、「自分は運がいい」 と思える人、つまり、あらゆる物事に
対して 、自分は運がいい、という視点から解釈できる人が、
本当の意味で”運がいい人”だと思うのです。

目に見えて運がいいと思えることが起こることとは全く関係ナシに、
たとえ、どんな現実だろうが、境遇であろうが、「自分は運がいい」
と思える人、信じることの出来る人のことです。

結局、運がいい、悪いというのは、他人の目が決めることではなく、
あくまでも自分自身の内面が自由自在に決めることではないで
しょうか 。

面白いことに、「自分は運がいい」という方とお話していると、
一般的な常識で判断すれば、決してそれは運がいいと思える
状況ではないことでさえ、「だから私は運がよかった」 と胸張って
いわれます。

運を引き寄せる人はまさにこのような人だと思うんです。
だってそれは、その人自身がそう決めているのですから(笑)

そんな人は必ず人生の成功者ですね。

どんな状況でも「自分は運がいい」 という視点から物事を
眺められるようになったとき、その人に奇跡が起こるのではない
でしょうか。


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2006年7月12日 スポーツの神様の視点とは? (NO.743)
 
最近では、ワールドカップ決勝のフランス代表ジダン選手の退場
に関してさまざまな論評がされてますね。

私としては、最後のPKでジダン選手が加わっていたら試合結果は
どうなっていたのだろうと思ったりもするのですが、いかがでしょうか?

いずれにしても、今回の決勝戦の後、まっさきに思い出したことが
あるんです。

それは、「実際、そんなことがあるのかなぁ、やっぱり・・・」と
思うようなことなんです。

ある方によると、スポーツの定義を次のような表現でされていました。

「スポーツとは、勝ち負けをゲームとして争う、癒し的な行動」だと。

何故、それが癒しかというと、プレーする人のさわやかさであったり、
さわやかな行動が、それを見ている人に安らぎを与えるからだと
言うのです。

そのため、選手は常に思い切りプレイする必要があり(サッカーで
あれば思い切りボールを蹴る)、その爽快さがまた感動を与え癒される
のだそうです。

ところが、プレイの中で、フェイントのようなことをするのは、
”勝つためにはどんなことでも許される”という視点からの行動であり、
スポーツの神様はその行為を評価してくれないというのですね。

つまり、そのような戦術をつかったチームは何故か勝てないことが多い
というのです。

これを聞いたときは、正直、私自身、スポーツをしてきた人間からすると、
「それはどうなんだろう?ゲームにおいて、フェイントをすること自体は
勝つためのひとつの戦術であるし、問題ないのでは・・」なんて思って
いたのです。

ところが、今回の決勝戦では、それらしき結果がまざまざと出てしまった
ように思えなくもないのです。

ジダン選手は、最初の一点を獲得する際に、PKでそのフェイントを使って
ゴールを決めたのですね。

つまり、スポーツの神様が評価しない行動をしてしまったのです!
その後、例の退場劇まで遭ってしまい、結局、最後のPKにも参加が
出来ず敗退してしまいます。。

スポーツの神様からサポートが受けられませんでした。

今回、ジダン選手とイタリアのマテラッティ選手との揉め事が勝敗を
分けたように言われていますが、実は、その前に、すでに勝負が
決まっていたかもしれませんね。

特にワールドカップ決勝戦のような、世界のスポーツの中でも
最候補といえるほどの大きな大会においては、そんな法則がより強く
働くのでしょうか。

最初のPKのときに、ジダン選手が相手ゴールキーパーをあざ笑うか
のようなフェイントをかけずに、いつものような豪快なシュートを決めて
いたら、あの退場劇もなく、試合結果も変わっていたのかもしれない、
なんて思ったのでした。


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2006年7月6日 努力が報われない方へ (NO.742)
 
昨日、欽ちゃんこと、萩本 欽一さんがテレビのインタービューで
こんなことをおっしゃっていました。

運というのは、努力しているときにはやってこない。
努力が報われない後にやってくる
」と。

この言葉は、今、努力が報われないと感じている人にとって、
とても勇気づけられる、そして心を軽くしてくれる言葉だと
思いました。

確かに心当たりのある言葉だと思いますが、いかがでしょうか?



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2006年6月26日 幸福感を味わうために必要なこと (NO.741)
 
「幸福感を味わうためには何が必要か?」と尋ねられたら、
何と答えますか?

目標を達成することですか?
経済的に豊になることですか?
好きな人と一緒になることですか?

もちろん、これらで幸福感を味わうことが
できるでしょう。

でも、これらを体験して幸福感を味わうためには、
先に必要なことがあるんですね。

それは・・・

目標を達成できない経験。
経済的に苦しい経験。
好きな人と一緒になれない経験。

これらを経験しないと、いくら前者のような、自分が望む体験が
出来ても、深い幸福感は得られないかもしれません。

何を言いたいかというと、結局、幸福感を味わうためには、
それと反対の経験、体験も必要だということなんです。

ですから、思い通りにならないことがあっても、くよくよしないことです。
それは、今後の幸福感を味わうためには必要不可欠なことであり、
悲しんだり落ち込んだりすることではありません。布石なんです。

そんなとき(思い通りにならないとき)は、じっくりその嫌〜な感覚を
味わってみると覚悟を決めることです。

その感覚が嫌な感覚であればあるほど、きっと次には
それに応じて、幸福感を深く味わうことができると思います。

この世の中の経験や体験に一切ムダなことはないと思います。


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2006年6月23日  結果がすべて?(NO.740)
 


よく”結果がすべて”なんて言葉が使われていますね。

この意味としては、たとえば目標があったとしたら、それを達成
しなければ意味がない。結果を出さなければ、これまでしてきたことが
無意味だ、ということだと思います。

私はね。これはちょっと違うんじゃないかと思っているんです。
こういうことを言う人は、ある意味、傲慢な人だと思うんです。
(その理由は、いつか書きたいと思います)

たとえ自分の思うような結果が出なくても、十分それ自体に
意味があるように思うんですね。

あなたはどう思いますか?

”結果がすべて” なんていうと、カッコいいし、なんとなく真理
のように聞えてしまうからやっかいなんですよね。

でも、このカッコいい言葉にあまり毒されないほうがいいかも
しれません。

こんな言葉のために、この世の中、どれほどの人が自分自身を、
そして他人をも傷つけ、責めていることか。

もし人間、結果がすべてだったらですよ。
人間なんて結局最後に死んでしまうんですから、生きること自体に
意味がないことになりませんか?

結果至上主義だとそういうことでしょ。

私はむしろ、結果だけでなく、過程主義、体験主義
でありたいと思っています。

そうするとね。この世の中に失敗なんてなくなってしまうんですよ。

そのほうが人生、何でも思い切り挑戦できませんか?
楽しくないですか?


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2006年6月22日 好き問答A  (NO.739)
 
さて、昨日の続きです。

好きな人と”一緒になる”ということに、幸せのポイントをおいて
しまうと、案外、幸せから遠ざかってしまうんではないか、なんて思って
いるんです、と書きました。

これはどういうことかといいますと、

自分が誰かを好きになって、幸せな気持ちになっているときって、
別に、その人と一緒になるとか、ならないかはあまり関係がないん
ですね。

そうではないですか?

片思いのときだって、ドキドキしたり、幸福感を味わうこともできます。
フアンになった異性のタレントでも、その人のことを見たり、聞いたり、
考えたりするだけでも幸せな気持ちになれませんか?

つまり、必ずしも好きな人と一緒でなくても、幸せな気持ちには
なれるんです。

言葉を変えると、”私には好きな人がいる”ということ自体で、もう十分、
幸せなはずなんです。

ただ、人間は欲望が強い生き物ですから、だんだんと、好きな人と一緒に
ならないと幸せになれない、という錯覚、妄想に陥ることがあるんですね。

でも、実際はどうでしょうか?

世の中、好きな人と一緒になったにもかかわらず、反対に不幸に感じて
いる人もいるんです(汗)。一緒になったからといっても、必ずしも幸せに
なるとはかぎらない。

実は、それにもちゃんとした理由があるんです。
それを書いてしまうと、終わりませんので(笑)、機会があればまた書き
たいと思います。

いずれにしても、自分の幸福感はどんなときに感じるのかを、
よく知っておくと、幸せな気持ちをずっとお持ち続けることができると
思います。

まぁ、ドツボにはまる体験をするのも、それはそれで決してムダなこと
ではないと思いますが・・・

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2006年6月21日 好き問答@  (NO.738)
 
先日、お酒がかなり入っていたためか、ある話題で議論に
なりました(笑)。議論といっても、決して険悪な雰囲気ではありませんよ!

その話題は、恋愛に関することです。
はい。私もたまにはこんな話で熱くなるのです(笑)

具体的にどんな内容かというと、好きな人と一緒になることが
一番幸せか、否か、というものでした。

あなたはどう思いますか?

「当たり前じゃないか!」派か、「そんなこともない」派か(笑)

議論の相手は前者でした。私は後者なんです。

後者だからといっても、好きな人と一緒になることを反対している
という意味ではありません(笑)。

ただ、”一緒になる”ということに、幸せのポイントをおいてしまうと
案外、幸せから遠ざかってしまうんではないか、なんて思っているんです。

ちょっと今日はバタバタしているので、続きは次回に!

といっても、次回、気が変わって違う話になったらごめんなさい・・・

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2006年6月18日 後悔って本当に必要なこと?  (NO.737)
 
日頃、仕事でも人間関係でも何かで失敗したようなとき、
「あーすれば良かった」とか「こーすれば良かった」と
いろいろ考え、後悔してずっと苦しんでいる人っていませんか?

でも、私は、そんなとき、後悔って本当に必要なのかなぁ、
なんて思ったりします。

たとえそれが、そのときの自分にとって、失敗だったと
思えるようなことであってもです。

だって、過去に自分がしたことは、そのときの自分が良かれと思って
選択し行動したはずですよね?

つまり、必ずそのときの自分にとって必要なことを選択しているように
思うんです。言葉を変えると、そのときの自分にとって、ベストな選択を
したということです。

他のチョイスがあったのに。。。なんてことはあり得ません。
そのときは、そう選らばざるを得なかったからゆえに、そのように
選択したのだと思います。

当然、今であれば、違う選択をするかもしれません。

でも、それは当たり前なんです。自分の心も含め、物事は常に変化
するものだからです。

だから自分の過去の選択の結果について、一時的に反省することは
あっても、ずっと後悔をする必要はないと思っております。

それに、今、失敗だと思えるような状況を、
何故、失敗だと決めつけることができるのでしょう?

失敗かどうかは、今の自分自身には分らないと思います。
人間の自我の判断なんてその程度です。

ある結果に対して、後悔して自分を苦しめることなく、
「必要な体験だった」と”受け入れる”ことができたとき、心にパワーが
注入され、元気を取り戻し、「あのときのおかげで・・・」ということが、
起きてくるのだと思います。

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2006年6月13日 相手に不満を抱くとき 。  (NO.736)
 

人にはこんな傾向があるように思います。

●他人に何かをしてもらう⇒ 感謝する

●次に何かをしてもらう⇒ 嬉しいと思う。

●次に何かをしてもらう⇒ 普通になる。

●次に何かをしてもらう⇒ もっと要求する

●何もしてくれなくなる ⇒ 不満に思う。

つまり、人が好意でしてくれたようなことは、当初は、その相手に対し
感謝心を抱くのですが、それが度重なると、してもらうことが当たり前
となり、その後は、いつしか相手にそれ以上を要求するようになり、
ついには不満に思う。

相手に対して今、不満に思っていることがあったら、もとの位置に
戻ってみることをおすすめします。

案外、その不満がどこから来ているのか見えてくることがあります。

もし、自分が勝手に相手に要求していることで、相手がそれに応えない
ことが原因で不満に思うようなことがあれば、単に自分自身の問題かも
しれません。

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2006年6月9日 人が苦しむ理由には・・・ 。  (NO.735)
 
人が苦しむ理由にはいろいろありますが、
そのひとつに、

<常に、自分が他人からどう思われているか、評価されているか>を
考えるとき、想像しているときが挙げられます。

たとえば、何かに失敗したとしますね。

そんなとき、他人に意識が向いていると、
「周りに笑われるのではないか・・」とか、
「バカにされているのではないか・・」

などと想像(空想)してしまい、自分でストレスを溜めてしまいがちに
なります。

そんなときの対処法をご紹介します。

そんなときは、意識を他人に持っていかずに、
自分自身に向けると、あまり引きずられなくなりまりますよ。

たとえば、

「今、自分は、周りからバカにされるのではないか・・と感じているなぁ」
って。 他人に向いている意識を、自分自身に戻すのです。

●「周りからバカにされるのではないか・・・」

●「今、自分は、周りからバカにされるのではないか・・と感じているなぁ」

この両者の微妙な違いは分りますか?

前者は他人の気持ちという実態のない空想の世界ですから、
その内容がマイナスの場合、考えれば考えるほどストレスが
溜まるのです。

後者は、自分自身の気持ちを感じているだけですから、
ストレスが溜まりません。

ただ、後者のポイントは、自分の気持ちを善悪で判断しないこと。
感じていることを、そのまんま素直に認めてあげることがコツです。

こんな思考の癖をつけていくと、どんどん心が楽になっていきます。
自分の”思いグセ”がとれていくからです。

他人にいちいち心が引きずられなくなるのですね。

人は、勝手に自分が作り出した妄想で苦しんでいることって
案外多いのではないでしょうか。

他人は、自分が意識している程、常にこちらに注目なんて
しておりませんから安心してください(笑)

彼ら(自分も含む)の一番の関心事は、「自分自身」なのですから。

ですから、もっと気楽にいきましょう(笑)。


2006年6月8日 渥美清さんの一言 。  (NO.734)
 


今日、お昼のトーク番組で、俳優の小倉一郎さんの
" 心に残る3人の人物"の中で、男はつらいよ!の寅さんこと、
渥美清さんを挙げていました。

その渥美清さんとのエピソードの中で面白いなぁと思ったことが
ありました。

それは、渥美さんに『最近、何かおもしろいことはあったかい?』と
聞かれたときのこと。

小倉さんは、『いいえ、特にありません』と答えたそうです。

そのとき、渥美さんから、次の言葉を言われたそうです。

『だったら、つくりなさい!』と。

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2006年6月1日 苛立ちを感じるとき。  (NO.733)
 
日頃、苛立ちを感じるときってどんなときですか?

まぁ、いろいろなケースがあると思うのですが、そのうちのひとつに
相手が自分の思い通りに動いてくれないときに苛立ちを感じること
があるかもしれません。

大概、そんなときは、その相手が悪いと判断しているときですね。

でも、それは一体、正しい判断なのでしょうか?
確かにそのように判断している側の世界から見たら
正しいかもしれません。

でも、その対象となる相手の世界から見たら逆かもしれませんし、
同じ状況であっても、苛立ちを感じない人もいるのではないでしょうか。

つまり、思い通りにならないときに苛立ちを感じるとしたら、
その状況を好ましくないとする価値感を持っている「自分」側に
原因があるということですね。

本当はその思い通りにならない状況のほうが、本来の自分にとっては、
好ましいかもしれないのに、です。 人はすぐに頭で物事を判断しようと
しますからね。

そんなときは、その相手を変えようとするよりも、「それもまた良し」
とする自分の視点を変えたほうが解決が早いかもしれません。

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2006年5月27日 人前での緊張感の解き方。  (NO.732)
 
5月21日(日)に、ある会社さん主催の留学フェアに講師として
招かれました。そこで、約1時間くらいの講演をしたのです。

会場に着いた私は、次々に会場の席が埋まっていく状況を見て、
久しぶりにちょっと緊張をしてきました(笑)

「あれ?やばい。めずらしく緊張してきたぞ!」なんて思っていたのですが、
そんなとき、ふとこんなことを思ったのです。

「あ、人数の多さで緊張しているように思ってたけど、そうでなく、
実際は、人数が多いということに対して、自分が必要以上に意識
しているだけではないか」と。つまり、人数ではなく自分自身の問題だと。

自分の意識を、人数、つまり、他人においてしまうと、自分にはどうする
こともできないものですから、当然、不安や緊張をしやすくなるのですね。

ところが、意識を自分自身に持っていくと、自分は自分をコントロールでき
ますので、そのときの自分の感情に気づいてあげる、認めてあげることで、
心は落ち着いてくるのです。

やはり、どんなときでも、他人に意識をおくのではなく、自分の心の状態に
意識をおいてあげると、心が落ち着くものだ
、とつくづく感じた瞬間でした。

おかげさまで、留学講演は大盛況に終わり、とても楽しいひとときを過ごす
ことができました。

講演の様子はこちらから御覧になれます。

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2006年5月18日          A 人に好ましくない評価をされたとき。  (NO.731)
 
学生時代に聞かされたことで、印象に残っている言葉があります。

それは、「人は、他人に何かをされたことで、自分の価値が決める
のではなく、他人にされたことに対して、自分がどのように反応をする
かで価値が決まる
」。

これは、すばらしい視点だと思います。

何がすばらしいかというと、あくまでも、自分の価値を決めることが
できるのは、他人ではなく、自分自身だということです。

他人の評価を気にして、いつもビクビクするのはもうやめましょう!

他人に好ましくない評価をされたとき、それに対して自分がどのように
反応するのかであなたの価値が決まるのです!

つまり、あなたが自分自身の価値を決められる唯一の人物なのです。

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2006年5月18日@ 細長い風船。  (NO.730)
 
たまに、デパートの広場や展示場などで、子供たちの前で、
細長い風船を細工し、犬のプードルやうさぎなどを作っている人を
見かけたことはありませんか?

これまで私は、そんな姿を見て、「ふくらませた風船を、あのように
ねじったり、ひねったりと複雑な形を作っているにもかかわらず、
どうして割れないのだろう」と度々不思議に思っていたのです。

子供と一緒にその現場を見たときなどは、当然、子供からは、
同じように作るようにせがまれます(汗)。

そんなときは、
「どうせあれは、かなり慣れないと出来ないワザだろう」
なんて勝手に考え、一度も挑戦をすることはしませんでした。

ところが数日前、子供が何かの景品でそのもととなる風船を
もらってきたのです。当然のことながら、作るようにせがまれました。

現物を手渡された私は、断るわけにもいかず、挑戦してみたのです。

その風船を入れる袋の中には、犬やうさぎ、カタツムリ、ライオン、
それはそれは数々の種類の作り方も同封されていました。

それを見ながら仕方なく挑戦したのです。

すると、出来るではないですか!

なんだぁ、簡単じゃん!といいながら、2、3回失敗したものの、
ほとんどの種類が作れたのです。

何故、私にでも作れたかというと、要するに、風船は風船でも、
これ用に多少、割れにくいように厚目に風船が作られていたのです。

「な〜んだ、そうだったのかぁ」

そんなカラクリを知った私は、ちょっと拍子抜けしました(笑)

その後、私は調子に乗って、何種類もの風船をつくったのです。
(結局、自分自身が一番楽しんだのかも知れません 汗)

作り終えて思ったことがありました。

”人生でも案外こんなことって多くあるのではないか”と!

つまり、私たちは普段、自分の中にある既存の知識から判断し、
自分勝手な先入観だけで、「難しい・・・」とか、 「できない!」とかを
やってもみないうちから決め付けてしまい、諦めたり、挑戦しないことが
多々あるのではないか
とふと思ったのです。

きっと、”人生は甘いものではない!”という価値感がそう思わせて
いるのかもしれません。

それ故、世の中、 簡単にできることであっても、苦労話をしたり、
いかにたいへんだったことをアピールする人も実際多いのでしょう(笑)

でも、物事を難しくしたり、複雑にしている一番の原因って
そのものが原因ではなく、人から植え付けられた自分の中にある
先入観 かもしれませんよ。

だとしたら、もともとできるものでありながら、しない、挑戦しない、
ということで何かを諦めているとしたら、私たちは損しているかも
しれません。

こんな他愛もない子供の玩具から、改めて「ハッ」と
させられたのでした。


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2006年5月13日 人との出会い  (NO.729)
 
普段、目の前にいる人に100%意識を傾けていますか?
出会いを大切にしてますか?

世界人口が65億人として、一日10人の人に合うと仮定すると、
私が今日、あなたとこうして出会えるには、単純計算で、
何と約180万年かかる計算になります。

言い方をかえると、今日あなたが出会う人は、
6億5000万日分の1の確率で出会うことになるのです。

何気に出会っているような人でも、これは何らかのご縁が働いていると
しか考えられません。偶然ではないでしょう。

人との出会いって不思議ですよね。

 

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2006年5月7日 こんなときは・・・  (NO.728)
 
言いたいのに、言えなかったときや、
逆に、つい出てしまった一言のために、
後で悔やんでしまうことってありませんか?

自分にとって好ましいことであればいいのですが、
自分の意に反していたときなどは、当然、ストレスが溜まり
ますよね。

「なんであのとき、言えなかった(言わなかった)のだろう」とか、
逆に、「何であんなことを言ってしまったのだろう」というように。

でもね。こんなときって、得てして、本来、そうなったほうが良いことを
本質の自分が知っていたからだと私は思うんです。

もちろん、思わず言ってしまった一言で、相手が傷つくことも
あるでしょう。でも、それも、その相手にとっては、必要だったからかも
しれませんよ。

つまり、言えなかったことや、無意識に言ってしまったことなどは
あまり後悔する必要はないかもしれません。

そのときの自分にとって、ベストなことが起こっているのだと思います。


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2006年5月2日A 夢の視点  (NO.727)
  私の尊敬する社長さんが、こんなことをおっしゃっていました。

「ロールスロイスの中から見る景色と、軽自動車の中から見る景色は
一緒だよ」と。

この言葉。ビビっと響きました。深くないですか?

これは自分の夢の捉え方にも応用できる視点だと思いました。

つまり、夢を実現したとしても、現実は変わらないということです。

この事実を知った上で、夢の実現を目指さないと、幸い夢を実現できたと
しても、結局、ハッピーにはなれない・・・なんてことになってしまいますね。

夢を実現しても、「何かがおかしい。心が虚しい」なんて
感じる人は実際多いものです。

夢にも、味わい方、楽しみ方があると思います。

すごく本質を突いた素晴らしい喩え話だと思いました。

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2006年5月2日@

頑張っても物事が動かないとき (NO.726)
 
先日、ある方からのご相談で、
「頑張っても頑張っても物事が動かないときはどうすれば
いいのでしょう?」

というご質問を頂きました。

私の意見としては、頑張っても物事が動かないとき、というのは、
単純に自分にとってそのほうがいいからだと思うことにしています。

なぜなら、自分の思い通りになることが、必ずしも自分にとって
幸せだったり、必要なことかどうかはわからないからです。

要するに、思い通りにならない今の現状を嘆くよりも、
そのままの状態を「今、その状況が自分にとって必要だから」と
受け入れ、現状を肯定してみるといいと思います。

一旦、心の執着を離して心の重荷を外してみると、思わぬ良き
方向へと進むことがあります。

未来のことを心配するよりも、 今、自分の目の前のことが一番
必要なことです。

決して焦ることはありません。
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2006年4月25日 男性作家 VS 女性恋愛詩人 (NO.725)
 
23日(日)に、親しい友人ふたりのライブトークが銀座で
行われ 、私はスタッフとして参加してきました。(ビデオ係りです 笑)

この ライブトークは、 「恋愛における神秘を語る」という
タイトルのもと
、1時間半にわたり行われました。

とても勉強になりました。

よく書籍でも、男性と女性の考え方の違いなどをテーマに、
さなざまなことが述べられていますね。このライブトークでも、
男性作家と女性恋愛詩人の対談ということで、 男性と女性の
考え方の違いが如実に表れていたように思います。

まぁ、大切なことは、”何故相手はそのように発想するのか”、を
考えるのではなく、”相手の考え方そのものを知り、理解してあげること”
だと思いました。

人はどうしても自分の考え方が一番正しいというように、自分を基準に
考えがちですね。でも、相手も同じように相手の基準があるわけです。

そもそもその基準が違うのに、「おまえ(あなた)の考え方は違う」と
言ってみたところで、話がかみ合わないのは当然です。

これは何も男女間だけではありません。同性間でも一緒だと思います。

相手の考え方を知り、尊重する人は、男女間であろうと、同性同士
であろうと円滑な人間関係が築けるはずです。

いずれにしましても、とても勉強になったライブトークでした。







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2006年4月17日 もうひとつの未来 (NO.724)
 
今回はちょっと不思議な話です(笑)。

私たちの常識として、未来のために、今を頑張る、苦労する
というのがあります。つまり、今を我慢し苦労することで、
明るい未来が開けるという発想です。

恐らくこの言葉を聞いて、「いや、それは違う!」と言い切る人は
少ないと思います。いかがでしょう。

私はこれを直線的未来予想図といっています。
今の延長上に未来があるという考え方です。

実は未来にはもう一つの視点があります。

それは、非線形的な未来です。

つまり、今の延長線上に未来があるのではなく、
それとは関係なく未来が存在する、という発想です。
極論を言うと、今していることとはあまり関係がなく
未来がやってくるという視点です。

そんなことって信じられますか(笑)?

でもですね。私はこの発想を自分のために、
たまに使っています(笑)

この発想をしてみることで、道がパッと開けることを
度々体験しているんですね。

今の延長上に未来をおくと、状態が良いときにはいい
のですが、そうでないときは、どうしても発想が決まりきって
しまい、苦痛を感じてしまうのです。

まぁ、いずれにしても、先のことに行き詰ってしまったら、
非線形的な未来もあるということを少し想像してみると
気持ちが楽になりますよ。そうすると、その楽になった気持ちが
自分をいい方向へと導いてくれます。

これまでのように、プレッシャーをかける生き方もいいのですが、
心が疲れたときは、逆に心をリラックスさせる生き方を選びましょう。

そのほうが早く”流れ”に乗れるような気がします。

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2006年4月17日 仕事だから仕方がない、って本当?(NO.723)
 
最近、ちょっと気になることがあります。

それは私たちがよく口にする『仕事だから仕方がない・・・』
という表現です。

たとえ自分の良心に反することであっても、「仕事だから仕方ない」、
という理由から、それを行ってしまう。それが慣れてくると、抵抗なく
同じことを繰り返してしまう・・・

「仕事だから仕方ない・・・」は言い訳に過ぎません。

本当に嫌なことなら辞めればいいだけの話です。
結局それを選んでいるのは自分自身です。

「仕事だから仕方がない」という言葉の裏には、「生活があるから
仕方がない」とか、「家族を養う必要があるから仕方がない・・・」
という意味が込められているように思います。

これはある意味、とても恐い発想かもしれません。
生活のため、家族のためなら、何でもありになってしまう恐れが
ある からです。

皮肉なことに、結局、その発想が、生活や家族をかえって
不幸にしているケースもありますね。

最近の社会では、さまざまなことが起こっていますが、
それは、「仕事だから仕方がない」という発想から行動をし、
引き起こしているようなことが多いように思います。

「仕事だから・・・」という発想から、何でも許されてしまうというのは
単なる幻想です。

この時代、個人がそのあたりを常に意識していく必要があるように
思いました。

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2006年4月6日 視点をちょっと変えて、物事をプラスに受ける。(NO.722)
 
最近、ちょっとした呪縛から解かれました(笑)

実は、先日深夜、あることで救急車にお世話になったのですが(汗)、
その後、救急車のサイレンの音を聞くたびに、そのときのことを
思い出してしまい、ちょっとしたトラウマというか、嫌か感覚を味わって
いたのです。それがなかなか抜けなかったのですね。

ところが、 その考え方をスパッと抜くことができました。

それは、救急車に対する認識を考え直してみたのです。

つまり、救急車というのは、それを必要としている人、家族から
してみたら、一刻も早く来てもらいたい、いわば救世主のような
存在ですね。彼等したら本当に必要で、ありがたい存在なのです。

そのように認識をし始めたら、嫌な感覚を味わうどころか、「あ〜、
あのとき、スグに来てくれて本当に助かったよなぁ。感謝感謝だよなぁ 」
と救急車が感謝の対象に変化してしまったのです(笑)。

それ以来、救急車のサイレンを聞いても、全く嫌な感情
が湧いてこなくなりました。今は、嫌な感覚を味わうどころか、
感謝の念を抱いている自分がいます。

変わるものですね(笑)。

この一件から、違う方向でも、さまざまな意識の変革が
どんどん起こるようになりました。

視点を変えると、意識の変革が起こるようです。






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2006年4月5日 自分の思考に惑わされない。  (NO.721)
 


★★エッセーの前にお知らせがあります!★★

4月23日(日)に私の2人の友人
(作家・生井利幸氏 VS恋愛詩人 夏瞳さん)のライブトークがあります。

テーマは、

        「恋愛における神秘を語る」
・・・悩み多き恋愛フリークの疑問に答えるロマンティック・トーク

私の友人2人のライブトークということで、当然、当日は私も会場へ
足を運ぶ予定です。場所は東京の銀座です。

夏瞳さんは、恋愛に関する詩集を出されたり、テレビにも出演した経験
のある恋愛詩人です。

是非、 ご興味のある方はご参加くださいね。
ライブトークの詳細はこちらです。

http://www.toshiyukinamai.com/page029.html

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自分の思考に惑わされない。  (NO.721)


とかく人は、自分の思考イコール自分自身と考えがちですね。
たとえば、自分の中に湧いてくる考えは、自分自身だというように。

そのため、普段、私たちは、自分の思考によって一喜一憂しているのです。

もちろん、それは自分の考え方であり、自分が感じているのですが、
自分そのものではありません。

実は、湧きあがってくる思考の多くは、これまでの”思いグセ”であることが
ほとんどです。

つまり、自分の過去からの思いの癖が、湧き上がってくるのですね。
それを自分自身だと錯覚していることになります。


従って、自分の考えによって、塞ぎこむこともガッカリすることもないのです。
そんなことで普段、自分自身をいじめていませんか?

過去の思考の癖が、今、出ているだけなのに。

実は、思考自体は、自分でコントロールできるのです。

ただ、無理にコントロールをしようとしても、なかなか思うように
変えることはできません。なぜなら、これまで時間をかけてそのような
思考をしてきたからです。習慣で身に付いたことは強力な力を持って
います。

そんな場合は、ただ自分の思考を眺めるようにすることです。
ただ眺めるのです。湧いてくるままに。

「こんなことを思ってはいけない・・」 と、自分を責めるのではなくて、

「あ〜、こんなことを思っているなぁ」 というように、 沸いてくる思考を
眺め、さらさらと流していく。すると、いちいち、自分の思考自体に
捉われることはなくなります。

心の自由度が増してきますよ。

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2006年3月31日 人からの評価なんてコロコロ変わるもの (NO.720)
 


先日、友人から相談を受けたのですが、
その友人は、自分の失敗から、ある人の信頼を損ねてしまった
そうです。

その人からの信頼を回復しようと、いろいろ頑張ってはいるものの
なかなか信頼回復までには至らず、うまくいかないとのことでした。

そんなときって、結構つらかったりするのですよね。

でも私は、人からの評価ってコロコロ変わる ものだと思っています。
良くも悪くもです。本当にそれは実感していることです。

ですから、その友人には、その人の信頼を回復をしようと
頑張るのではなく、自分自身をさらに高める方向へと意識を向けて
みては?とアドバイスしました。

特定の人に気に入られようと努力することは、案外、その人自身を
生きていないことが多いのですね。輝かなくなるものです。

自分自身を高めていく方向へと意識をシフトすることで、よりその人
の魅力が増していくように思います。

人の評価はコロコロ変わるので、そんなことにイチイチ拘っていたら
どんどん小さくなってしまいます。

もっと自分らしさを磨き、自分を高める方向へとスイッチを変えることが
大切だと思います。

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2006年3月25日

人が動くとき(NO.719)
 
先日のWBC優勝から数日が経ち、その間、さまざまな大会中の
エピソードがテレビで紹介されてますね。

私の中で印象深かったエピソードは、次のことでした。

韓国戦で、王監督が、今大会、不調だった福留選手をスタメンから外し、
大事な場面でその福留選手を代打として起用して、見事ホームランを
打ちましたね。

このホームランが、その後の王ジャパンの勢いに火をつけ、優勝した
といっても過言ではない、転機となる価値ある一発でした。

その試合の後、福留選手のインタビューがとても印象的でした。

どうしてあの場面で打てたのかとの質問に対し、「試合前日に、
『明日は一番大事な場面で使う』と王監督に言われていたので、
いつでも行くという心の準備が出来ていた」とのことでした。

それを聞いたとき、打った福留選手も見事なのですが、その言葉を
投げかけた王監督の相手に対する配慮・気遣いもすごいと、改めて
感じてしまいました。

あのホームランの出たきっかけは、実は前日から始まっていたのです。

もし、前日に王監督からのその一言がなければ、あの一発はなかった
かもしれません。 選手の立場からしたら、何も言葉がないまま、
調子が悪いからという理由で、その試合にスタメンから外され、いきなり
あの重要な場面で出されたとしたら心の準備もあったものではありませんね。

それを、試合の前日に、そのようなことを監督から言われたのですから、
心の準備は万端、発奮しないわけがありません。

「俺は監督から信頼されている。そんな監督を喜ばせたい!
監督の喜ぶ顔が見たい!」と思うのは当然です。

調子がよくないとき、一番堪えているのは結局、選手本人です。
王さんはそれを誰よりも理解されていたのでしょう。

福留選手のプライドを損ねることなく、しかも、さりげなく心の準備を
させる言葉を投げかける。まさに人を動かす達人です。

指導者が、人の心を察することが出来ない人だとこうはいきません。

これを書いていて思い出しました。
先日、このエッセーで、田淵さんについて書きましたが、田淵さんは、
前阪神監督の星野さんも同じだと言ってました。選手に対するフォローが
実に上手いそうです。

一流の指導者は共通してますね。

これは、会社組織の部下・上司の関係にも通じるでしょう。

共通して言えることは、人を動かす達人は、決して力で動かすのではなく、
相手に自発的に動いてもらう達人です。協力してもらう達人だと思います。

それが出来るのは、相手に尊敬されているからですね。
人に動いてもらうにしても、それは決して、作為的であってはダメでしょう。
純粋に相手の立場を理解できる人でなければ、いくらすごい人であっても、
相手は動いてくれないものです。

力で押さえつける、言うことを言って聞かす時代は20世紀の方法です(笑)。
ある程度は思い通りに動かせても、長続きはしないでしょう。

それにしても、いろんな隠れたエピソードを知るのは実に面白いですね。
そこから、多くの気づきを得ることができるのですから。


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2006年3月22日 喜びに必要なものとは?(NO.719)
 
昨日は、WBC(ワールドベースボールクラッシック)で、日本が世界一に
なったすばらしい一日でした(喜)。

昨夜は何度も何度も優勝シーンがテレビで流され、その度に、それを見
ながら喜びに浸っておりました。

これまで私自身も、野球の結果で、ここまで興奮したことはあまりなかった
と思います。

一日が経ち、ふと感じたことは、やはり今大会は、韓国に2度負け、アメリカ
にも負け、ほとんど決勝リーグに出れる可能性がない状況から一転して
優勝したことが、これまでにない興奮につながったように思いました。

これが、何も問題もなく、始めから日本が勝ち続け、すんなり優勝していたら、
ここまで興奮はしなかったであろうし、日本中も盛り上がらなかったかも
しれませんね。

すなわち、負けや悔しさがあったからこそ、勝ったときの喜びが倍増したのでしょう。

このように考えてみると、人にとって負けや挫折は、むしろ、次の喜びのため
には必要不可欠なのだなぁと改めて感じた大会でした。

この事実を知ったとき、負けや挫折に対する見方が変わるのでは
ないでしょうか?それが大きければ大きいほど、うまくいったときの
喜びが倍増するのだから・・・

人間って面白いですね。

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2006年3月20日

解決できない問題はない!と聞いたら?(NO.718)

 
解決できない問題はない!と聞いたら、どのような感想を持ちますか?

分るような分らないような・・・ですかね(笑)?

では、質問なのですが、これまで自分に降りかかった問題で
今だ解決できていないことは何かありますか?

よ〜く考えてみると、当時は、問題だ!どうしよう・・・・と思ったことでさえ、
今ではそれは、もはや自分にとって問題ではなくなっている、なんてことが
ほとんどではないでしょうか 。

どうやら人間は、自分に降りかかることで、解決できない問題は
来ない仕組みになっているようですよ。

逆にいえば、自分に解決できる問題しかやって来ないということです。

これは、すごいことであると同時に、安心できますよね。

問題が生じた際には、「これも結局、解決しているんだ」と先に解決した後の
安心した気持ちを存分に味わってみましょう。

きっと事態が好転し始めるはずです。

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2006年3月19日

今、体験していることとは(NO.718)
 
今日の話はちょっと夢物語だと思って読んでもらえると
幸いです(笑)。

人の想いというのは、エネルギーを持っています。
そして、この3次元の世界では、そのエネルギーは物質化することで
解消されるという経路を辿ります。その物質化したものも、結局は
無くなります。

この一連の流れを、昔の偉い方は『諸行無常』と言われたわけです。

ですから、”想いは実現する”というは、よく言われていることですが、
本当のことです。

このように書くと、「想っていることが実現する?そんなに甘いもの
じゃない。だとしたら、苦労はない!」と想う人もいるでしょう。

でも、その人は、その自分の想いの通りを体験しているのですね(笑)
つまり、そんなに甘いものじゃないという想いを実生活の中で体験して
いるはずです。

実は、想いには2種類あります。意識的な想いと無意識的な想い
です。想いは実現するというと、多くの人は前者のみを考えますね。
それについては、いつか機会があれば触れたいと思います。

いずれにしても、このことを厳粛に受け止めてみると、今、現象世界で
表れていること、体験していることは、自分が過去に想ったことが
ただ現象化しているにすぎません。

つまり、今、体験していることに捉われることはないということなんです。
なぜなら、それらは、過去の想いが現象化されたものであり、いずれは
消えていく姿だからです。

今、この瞬間に新しい世界が作られてます。未来は今この瞬間に作られて
いるのです。

それに気づかないと、今の現象ばかりに心が捉われてしまい、その状態から
いつまで経っても抜けられないことになってしまうんですね。

たとえ、どんな状況のときでも、なるべくいいことを想像するようにしたり、
できるだけ楽しいことを考えたりする癖をつけましょう。

今の想いが未来に現れることなのだから。

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2006年3月14日

段取りは絶対必要なもの?(NO.717)
 
週末、プライベートに関することで、いろいろなことが
起こりました(汗)。

今回はどういうわけか、いっぺんに事が起きてしまったので、
さすがに神経が図太い(!?)私も、慌ててしまったのです(苦笑)

人は、何か緊急なことが起こると、焦りを感じながら、あれこれ考え、
先に「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」と段取りを考えますね。

パニック時には、段取りを考えようとすればするほど、頭が回らない
ものです。本当にそれを実感しました。

そんなとき、何となくふと感じたことがあったのです。そしてそれを実行
したところ、それ以降、割と冷静に対処できるようになったのでした。

そのとき、一体どんなことを感じ、何を実行したのでしょうか?

それをすることは、自分にとっては、ちょっと冒険だったのですが、
それをやり始めた途端に、スムーズに事が運ぶようになったのです。

それは何かというと、

事前に段取りを考えることを止め、今、目の前で自分が対処出来ることを
ひとつひとつこなしていく

ことだったのです。

段取りを考えない、なんてことは、特に急いでいる時には、ある種の
恐怖感が伴うものですが、その段取りを取ることを止め、今、対処
出来る目の前のことをこなしていくようにすると、自然と段取りが見え
始めてきたのです。

不思議ですね。段取りを捨てた途端、段取りが見え始めたのですから。

もしかしたら、これってどんなことでも応用ができる視点なのではないかと
感じました。

つまり、人間は、今、目の前の対処できることを精一杯こなしていけば、
おのずと目的地に到着するように作られているのではないでしょうか。

もし、そうであるなら、未来に関して不安に思ったり、心配することなど
全く必要がなく、一番大切なことは、「今、出来ることをこなす」ことだけです。
そうすると、物事が解決するように、上手く回るようになっている・・・

もちろん、段取りを取ること自体を否定しているのはありませんよ。
私もこれまで、事前に段取りをとることで上手く行った経験が多々
ありましたから。

ここで言いたいことは、焦って、先に段取りを考えずとも、今、目の前で
自分が対処できることをすることによっても、段取りは自然と見えてくるものだ
と言いたいのです。

つまり、後者は前者に比べ、先にあれこれ不安に感じたりすることが
ない分、心理的な焦りが少ないため、楽かもしれません。
ただ自分の目の前のことに精一杯対処すればいいだけですから。


ちょっとした出来事からいつくかの気づきを得ることができました。

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2006年3月7日 日本人メジャーリーガー・イチロー選手の凄さ。(NO.716)
 
5日の日曜日は、恩師からWBC(ワールドベースボールクラッシック)
観戦のお誘いを頂き、久しぶりに東京ドームへ足を運びました。

試合は日本代表と韓国代表です。

今回の大会の注目としては、何といっても、あの日本人メジャーリーガー
のイチロー選手が日本代表選手として参加していることです。

普通は、野球の試合を見る場合、試合中、あまり野手には
目を向けることは少ないのですが、イチロー選手が出ている試合は
状況が違います(笑)。

ちょうど彼の見やすいライトスタンドで観戦しておりましたので、
彼が守備についている間中、ずっと目で追ってしまいました(笑)。

とにかくカッコいい。
歩き方、守りながら柔軟をしている動作(彼がよくすることです)、
彼がちらっとスタンドを眺めている姿。どれをとっても絵になるんです。

そこで、隣の守備についていた選手と比較してみましたが、
やはりカッコよさが全く違う。(ごめんなさい)

もちろん、イチロー選手の実績や風格がそう思わせている部分も
あると思うのですが、それにしても、違い過ぎるのです。

そこで私、あることに気づいたんです。

それは、イチロー選手は、自分の歩き方から何から全ての動作、
一挙手一投足を演出していると。見られていることを意識して
いるように思うのです。これはたいへんなプロ意識だと思います。

「まさか?」と思う人もいるかもしれませんね。

でもですね。実は、このことで腑に落ちたことがあるんです。

正月に、彼がテレビドラマに出演したのをご覧になりましたか?
野球選手とは思えない名演技をしていましたね。
聞いたところによると、彼は撮影中、一回もNGを出さなかったので
周りのスタッフも驚いたのだそうです。

ドラマでの演技をも、さらっとやってのけてしまうイチロー選手は、
並外れた集中力に加え、前述したように、日頃の自分自身の演出が
しっかり出来ているからではないでしょうかね。

これはある意味、すごいことだなぁと思ったんです。
自分自身を常に客観視していないと、それはできない
からです。

ここに、一流選手と超一流選手との違いを感じました。

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2006年3月5日 ある大臣の発言で感じたこと。 (NO.715)
 


前回同様、またまた荒川静香さんに関することになりますが、
先日、荒川さんがある大臣に呼ばれ、会談をしているシーンを
テレビで見ました。

その大臣は、会談中、荒川さんの前で、

「ロシアの選手が失敗したシーンを見て思わずやったと思いましたよ・・・」と
いうようなニュアンスで話をしたのですね。

それを聞いていた荒川さんは、ポカンとした顔をされていたのです。
当たり前ですよね。その発言の意味するところは、人の失敗を喜ぶという
意外にも、別の意味で荒川さんにとって失礼な発言ですね。

きっとその大臣は悪気があったわけではないと思います。
「私もあなた(荒川さん)の側の人間だよ。あなたを応援していたんだよ」と
いうことを荒川さんにアピールしたかったのでしょう。

でも、その発言を聞いて、ちょっとガッカリしたのです。
その大臣は、教育を管轄する一番お偉い方なんですから。

人に物事を教える立場の最高峰の人が、その発言が何を意味して
いるのかについて深く考えられないとしたら、子供達に何を教えることが
できるのだろう。それも仕方ないことなのか。

でも、それは、誰にでも起こりうることですから、自分自身の戒めにしようと
思いました。

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2006年3月2日 効率よりも自分らしさを優先させると・・・ (NO.714)
  今、日本の中で一番有名な女性は?と聞かれたら誰を答えますか?

恐らく、トリノオリンピックで金メダルと獲得したフィギュアスケート女子
の荒川静香さんではないでしょうか。

実に素晴らしい演技でしたね。VTRを何度見ても魅了されてしまいます。

荒川さんの演技の中で、一番知られている技はイナバウアー。
あの演技をすると、会場から割れんばかりの拍手が沸き起こります。

実はあのイナバウアーは、今大会から新しい採点方法により、
得点につながらないという理由から、当初は外す予定だったそうです。
そのことで一番がっかりしたのは、荒川さん本人でした。

あのイナバウアーは、彼女の得意とする演技であり、大好きな
演技だからです。

ところが、コーチが変わり、事態は一変したのです。
彼女の状態を見たコーチは、敢えて、得点にはつながらないイナバウアー
を演技の中で復活させるよう提案をしたのでした。

理由は、イナバウアーを取り入れることで、彼女らしい名演技が
できると考えたからです。

結果は、大正解でしたね。

私は、これは実に面白い現象だなぁと思いました。

日常生活でも言えるのではないかと。

私たちは、つい物事を効率的に考えることが善だとする風潮が
ありますね。でも、それによって、自分の大好きなことや、得意なことを
無視してしまったり、後回しにしてしまうことは往々にしてあるものです。

でも、人が本当に一番輝くときというのは、自分らしさが出せるとき。
つまり、好きなこと、得意なことをしているときではないでしょうか?

実は、そのときが、一番周りにも感動を与えることができるのですね。

それを今回の荒川さんの演技が証明してくれたようにも思うのです。

得点につながらないから、つまり、効率が悪いからという理由で、
イナバウアーを外し、彼女らしさが失われてしまったとしたら
もしかしたら、メダルはなかったかもしれませんね。

たまには、人の評価や効率なんて脇に置いておいて、自分の得意
なこと、好きなことをすることで、自分らしさを出してみることもいいのでは
ないでしょうか。そのときこそ、最高の結果が出せるのかもしれません。

あなたはどう感じましたか?

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2006年2月27日

嫌な人に対処する方法VOL.2(NO.713)

 
昨日の続きです。

嫌いな人に何かを指摘されたら、指摘されないように自分を
変える方法と、もうひとつは、指摘されても気にならない自分になる
方法があります。

後者であれば、別の人が新たに指摘したとしても、もう
気にならないので痛くも痒くもないですね(笑)。

ところが前者は、その都度、自分を変える必要があるのです。
たいへんなことだと思います。

でもですね。ここが不思議なのですが、気にならない自分に
なってしまうと、嫌なことをあまり指摘されなくなるのですね。

その理由は、恐らく、自分の中に嫌なことが残っていないから
だと思うんです。前者の場合であれば、気になること自体は
残ったままなので、別の人による同じ状況が生じた場合、
やはり心が痛むことになります。

実は、人から非難や指摘をされることは、本来、自分自身が
それを心の中で否定していることである場合が多い
のです。
ただ他人がそれに気づかせてくれているだけです。
どうやらそんなしくみになっているようですよ。

では、気にならない自分になるにはどうするか?

このエッセーで何度も書いてますが、嫌や気持ちを感じ尽くして
しまうことが一番効果的だと思います。

指摘されたら、嫌な感情が湧いてきますよね。それを避けようと
するのではなく、感じ尽くしてしまう。始めは苦しいのですが、
だんだんと、気持ちが落ち着いてきます。そうなると、とても気持ちが
すっきりしますよ。

万が一、同じことを指摘されたとしても、あまり前回ほど気にならない
はずです。

まだ心にひっかかりを感じるようでしたら、もう一度、感じ尽くして
みてください。とても心が楽になるのを実感できるはずです。

要するに、同じ自分を変えるにしても、指摘されない自分になるか。
あるいは、指摘されても気にならない自分になるかの二通りがあります。

根本的な解決は、後者のほうだと思いますが、いかがでしょうか?

それぞれの人が、どちらか好きなほうを選べばいいと思います。

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2006年2月26日 嫌な人に対処する方法 VOL.1(NO.712)
 
誰にでもうまの合わない人はいるかもしれませんね。

たとえば、そんな人から、気に入らない指摘をされたとしたら
あなたはどんな反応をしますか?

恐らく、嫌悪感が押し寄せると思います(笑)。

このような人に指摘をされた際、以前の私がとった対処法は
こうです。

「自分がそんな指摘をされるのは、まだまだ未熟だからだ。
そんなことを指摘されない自分になればいいだけ!」

なんてことを思い、自分を向上させようと頑張ったものです(涙)。

我ながら、立派な考え方だと思うのですが、これを聞いて
どう思いますか?

でも、「そう考えたほうがいいのかぁ」なんて決して思う必要は
ないんですよ(笑)

だって、そう言っている今の私は、もう、そんなことを思っていませんし(笑)。
むしろ、その発想は疲れるだけだと思っております。

理由は、そんな発想で頑張ると、確かに自分が実績を
積むに従って、”その人”からは嫌なことを指摘されなくなるかもしれません。

でもですね。それって決して根本的な解決になっていないので、
また別の人から嫌なことを指摘されることがあるんです。

そして、また、そう言われないように、自分を向上させようと頑張る・・・
その繰り返し。

それは、なぜかというと、嫌なことを言われないためだけに、行動を
とっているので、嫌なこと自体は自分の中に残ったままだからなんです。

「指摘されない自分になればいいだけ!」なんていうと、一見、プラス思考の
ように思いますが、実は、嫌な感情から逃げているだけなんですね。

これが、根本的な解決にはなっていないと言った理由です。

そんなことに気づくまで、相当時間がかかりました(汗)

ちょっと話しが長くなりましたので、続きはまた次回に書きたい
と思います。

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2006年2月21日

人を褒めることが苦手な人へ(NO.711)

 
人を褒めることを進んでしてみませんか?

自分の気づかなかったことを褒められると、とても勇気づけられたり、
元気になります。そんな言葉を相手に投げかけてあげるといいですよ。

人を褒めると、自分が損した気になるという人がいました。

そんな人は、この事実を知るといいかもしれません。

それは、人の良い点を指摘できるということは、実は、自分の中にも、
それと同じ要素があるから指摘できる
のです。

花を見て、「きれい!」と思える人は、自分の中に「きれい」という
概念があるから、そう思えるのです。それと一緒です。

つまり、人の良い面を見ることで、自分の中にある良い面を
確認できるのですね。それっていいことではないですか?

それを相手が教えてくれているのです。

人を褒めるということは、すなわち自分自身の中の
良い点を称えていることと一緒なんです。

決して損なんてしてないんですよ!

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2006年2月17日 急にマジギレされる理由。(NO.710)
 
自分の発した言動で、相手から急にマジギレされたこと
はありませんか?

「何であれくらいであんなにムキになるのだろうか?あんな風に怒る
ことはないのになぁ・・」なんて相手のマジギレした理由が分らない 。

相手がキレた理由は、たいてい3つのパターンが考えられます。

ひとつは、そのときの相手の機嫌による場合。

二つ目は、相手がコンプレックスを感じていることに
つい触れてしまった場合。

もうひとつは、案外、これが気づかなかったりするのですが、
それは、相手がこれまで、自分に対して 不平不満に
思っていたことが溜まっていたときなどです。

こんなときは、ちょっとした一言でも爆発しやすいのですね(苦笑) 。

それが分らないと、自分の発した言動のみで理由を考えるため、
相手が何でそこまでど怒っているのか、理由が分らないわけです。

でも、相手からしてみれば、今までの不平不満+今回の言動
で判断しますので、こちらが考えている程度以上のこととして捉えて
いるのですね。

相手がマジギレしたとき、そしてその理由が分らないときは、
この3パターンを探ってみると、たいていその理由が分りますよ。

特に一番最後のパターンは結構多いものです。

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2006年2月16日 人から見返りを求めなくなるこんな方法(NO.709)
 
よほど人間が出来ている人でないと、人に何かをしてあげた
ときなどは、見返りを求めてしまいますよね。

見返りがない場合は、ちょっとムッとしたりするかもしれません(笑)。

たとえば、車を運転していて、他の車が割り込もうとしたとき、
道を譲ってあげることがありますね。

そのとき、譲ってあげた車が自分の列に入り、前の位置につけたら、
ハザードをつけて、「ありがとう」というサインを送ってくれるとかを
何気に期待している自分がいたりしませんか?

それがないと、ちょっと抵抗感を感じたり・・・私はそうでした(笑)。

ちっちゃいですよね。私も。

ところが、”あること”を聞いたときから、その心情が全く逆になって
しまったのです。つまり、何かしてあげたことに対して何も反応を
返してくれないほうが良いとさえ思うようになったのです!

その”あること”って何だと思いますか?

それはですね。

人に何かをしてあげたときに、相手から何も反応がない場合、
自分に徳が溜まる。反対に、お礼を言われたり、されたりしたら、
それで徳がチャラになる。(笑)

どうですか?

この発想でいくと、できるだけ無視してもらったほうがいいことに
なりませんか?自分にどんどん徳が溜まるのですから!

こんな視点を持つようにすると、見返りがないことに対して、ストレス
になったり気にかかったりしなくなりますよ!

「せっかく〜をしてあげたのに、礼儀をしらない奴だ!」から、
「無視してくれて結構!徳が溜まっちゃいました!ありがとう」
に変わる。(笑)

面白おかしく書いているように思うかもしれませんが、
本当にそんなときは徳が溜まると思うんですよ、人間って。

面白いのはそれからで、この発想をしていくと、徐々に見返りを
求めなくなってしまいます。

よかったら、この発想法は精神的にも健康的ですから、
是非使ってみてくださいね。

どうせ見返りを求めるのであれば、徳を溜める見返りを
求めましょう。良いことが倍返しになるかも・・・よ!(笑)

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2006年2月14日 わけもなく落ち込むとき (NO.708)
 
わけもなく落ち込んだりするときはありませんか?

私もこの罠(?)にハマってしまうことがよくありました。
特にプラス思考バリバリの頃に(笑)。

罠と言ったのには、理由があるんです。

今、感じている想いや思考というのは、実は自分自身が過去に
心の中に溜め込んだ想いをベースとして順番に湧いてくるのですね。

それが今、出てきているだけなんです。
また同時に、今、この瞬間にも新たな想いが潜在意識に刻まれています。
それがこの先湧いてくる。

つまり、今、わけもなく沸いてくる想いは、過去のものなので、もう必要ない
想いなんです。そんな想いは放っておいていいんですよ。すると、自然と
浄化されるというか、心の外へ消えていってしまいます。

落ち込むということは、その過去の想いに捉われた状態なんです。

その想いに捉われると、またそこで新たな想いを、この瞬間に心の中に
刻んでいるので、それがまた湧いてくることになります。つまり、そこから
抜けられなくなるのです。

これって罠ではありませんか?

たとえば、ここでプラス思考の人は、無理にその想いを心の中に押し戻して
しまいがちなんですね。「これはマイナス思考だから、こんなことは想っては
いけない」と!封じこめようとするんです。

すると、封じ込まれたその過去の想いは開放されたいがために、さらに
心の中で暴れてくるんです。そうなると苦しいですよ〜。

でもですね。マイナスは想ってもいいんですよ。過去の想いは開放された
がっているのです。流してあげればいいんです。押し戻すのではなく。

想いを無理に封じ込めようとすると、その想いは永遠に心の中から出られず
にいるんです。出ようとしては押し込められ、出ようとしては押し込められ・・・
その繰り返し。すると、心がだんだん重くなってしまうんですね。

それよりもその想いを開放してあげたほうがいい。
ただ流してあげる。

つまり、今、自分自身が感じている思考だからということで、
大袈裟に捉えることはないのです。過去に抱いた想いですから、
ただその感情を眺めてあげて(確認してあげて)、流してあげる。
すると、その想いは自然と開放されていきます。心が楽になるんです。

今、自分が感じている想いは、自分自身ではありません。
単なる過去に抱いた価値観や思考です。思考の癖です。

それを自分自身として捉えてしまうと苦しみますよ。

これからは、自分でない思考に捉われることはありません。
是非、その想いを流して楽にしていてくださいね。

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2006年2月11日 決して変わらないもの (NO.707)
 
たとえあなたが何かに失敗しても、
ヘマをやらかしても、決して変わらないものがあります。

それは何だと思いますか?

それは、あなたの存在価値です。
これは絶対的なもの。

あなたの存在価値は、あなた以外の人が何を言おうと、
何をしようとも、損なわれることはありません。

決して変わることのない普遍的なものです。

だから、自分が思うようにいかないとき、人からののしられたとき、
や、さげすまれたときでも、決して落ち込んだり、恐れることはない
のですね。

今、どんな状態であっても、あなたの存在価値は全く変わら
ない素晴らしいものだからです。

「そんなはずはない!」という人もいるかもしれませんね。

でも、そのように言う人は、ただ自分が自分の存在価値を
下げて見ているだけなんです。自分の思い、心の内を、ただ相手を
通して見ているだけなんです。

自分が自分の存在価値を認め始めたとき、周りは変わりはじめますよ。

何かを達成してから認めるのではなく、成功したら認めるのでもなく、
今のまま、ありままの状態で認めることが必要です。

そのとき、自分自身がいい方向へ動きはじめます!




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2006年2月7日 チャンスは、あれこれ考えずに、ガバっと掴むべし。(NO.706)
 

今回は自身のちょっと間抜けな話をひとつ。

高校時代(法政一高)の野球部のチームメイトだった田中善則くんが、
社会人野球チームのシダックスの監督に就任したので、先週の土曜日に、
野球部OBたちを集め激励会が行われたのです。

シダックスといえば、カラオケでは有名ですが、今年からプロ野球球団の
楽天の監督に就任する野村さんが、昨年まで率いていた名門チームです。

その野村さんの元でコーチを数年務め、この度、野村さんの後釜として
野村さんご本人から監督の要請を受けたそうです。かなり信頼が厚かった
ようです。

さて、その激励会では、なんと同じ野球部OBであり、大先輩である
田淵幸一さんもいらしていたのです。

実は、田淵さんは、私自身が野球をし始めた頃(小学2年)の一番の
憧れのプロ野球選手だったのです 。偶然その田淵さんとは同じ高校出身で
、しかも野球部OBであることは、高校に入ってから知ったのですが、いずれに
しても、私にとっては田淵さんは特別な存在なのでした。

その田淵さんが会場に入ってこられたときは、予想外だったため、さすがに
ずうずうしい私も、思わず、緊張感が走り、一フアンに戻っていました。

すかさず「握手してもらおうか、いや、憧れていたにしても、 仮にも同じ
OBだし、先輩にあたる人だから握手をお願いするのも変かナァ。。。」など
とあれこれ考えていたのです。

そうこうしているうちに、田淵さんが一言挨拶を頼まれ、話はじめたのです。
話の内容もとてもよかったので聞き入ってしまいました。それにしても、
本当にカッコよかったなぁ・・

恐らくそのときの私は、小学生時代の野球小僧の顔に戻っていたに違い
ありません。

田淵さんの挨拶が終わったあと、私は正気に戻り(笑)、私自身も同期
代表で挨拶をすることになっていたので、ちょっと内容をおさらいしようと
トイレに行ったのです。戻ってきてから、ゆっくり喜びを噛締めながら、
田淵さんに挨拶に行こうとワクワクしておりました。

「まさか、こんな場で会えると思っていなかったなぁ。感激だなぁ。
第一声は何と声をかけようか・・・携帯で一緒に写真を取らせもらえる
かなぁ」などといろいろ考えていたのです。その時の私は、まるで、ミーハー
そのもの(笑) 。

ちょっとスキップかげんで、ルンルン気分で会場に戻りました。

ところが・・・ です。

「い、いない!!」 (号泣)

なんと私がトイレに行っている間に、田淵さんは、次に予定されていた宮崎
に行かれたとか・・・

実は、田淵さんは、田中くんのパーティーのために、もともと宮崎に
行く予定を遅らせていたようでした。

ガーーーーン!

間抜けな一コマでした。

そこで、教訓。
チャンスの到来時は、あれこれ考えずにガバっと掴むべし・・・

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2006年2月3日 今の自分のいる場所が一番学べる場所 (NO.705)
 
私は、 そのときの自分の状況に満足できず、なかなか受け入れられないで
苦しんでいるときに、よくこんな発想をすることで、新たな展開が開けてきた
ことがありました。

それは、<今、自分の置かれている状況は、一番学べるからそこにいる

という発想です。

今の自分がいる場所や状況には、決して偶然はなくて、自分にとって、
必要であり、成長できるからそこにいる

つまり、まずは自分の位置を肯定してみるのですね。
決して我慢することとは違いますよ。肯定するんです。

そこから早く抜けなければ・・・とか、何とかしなければ・・・
と焦ってしまうと余計苦しんでしまいますし、その状況からなかなか
抜けられないものです。

次に言うことは単なる私の仮説ですので、信じなくてもいいですよ(笑)

それは、そこでの学びが終われば、自然と次のステージに進むということ。
じたばたしなくてもです。嫌な状況が、永遠に続くことはないのです。

その状況を終わらせたいのであれば、その位置でじっくり学ぶこと。
その場にいるのには、必ず何か意味があるからです。学びが終われば、
必ず、次ぎへ進めるはずです。

このように正面から受け止めると、意外と早くそこから抜け出せますよ。

案外、人生ってパラドックスの側面がありますよね。
逃げると追われる。追うと逃げられる・・・みなたいな(笑)

嫌な状況から逃げ出すために、こうしなければ、ああしなければ・・・
と、いろいろ思考を働かせ、その発想から行動すると、余計にその場に
いることを長引かせることがあります。

そんなときは、ただその場を認めること。そこで学ぼうと覚悟を決めること。
そうすると事態が動きはじめます。

必要・必然思考が事態を好転させる。

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2006年2月1日 ”相手を責める人”と”自分を責める人”。あともう一人の人とは?
 
自分が誰かのために、良かれと思うことをしてあげたとしますね。
ところが、その相手は、してあげたことに対して、何も反応しないと
します。

こんなとき、あなたはどのような反応をしますか?

多くの場合、下記の2パターンかもしれません。

1.反応してくれないことに対して、「せっかくしてあげたのに、薄情な人
だなぁ」と相手を責める。心の中でその相手を咎めたり、言動にしたり・・・

2.気分は良くないものの、これは勝手に自分が相手にしてあげたこと
だから、何かを期待するべきではない・・・と理性を働かせる。リターンを
期待している自分がいけないと自分を責める。

いかがでしょうか?

これ、どちらも気分的には良くないんですよね。後味が悪い(笑)。

特に後者は、聞えはたいへん良いのですが、どうも心の中がしっくり
こなかったりしませんか(笑)。プラス思考者に多い考え方かもしれません。

では、そんなときの、心をスッキリさせる方法をご紹介しましょう。
前者にも後者にもたいへん効果的な方法なんですよ。

それは、ただそのとき感じた気持ちを、そのまましばらく感じ切ることです。

前者であれば、「あ〜、あの人のことを咎めている自分がいるなぁ」
後者であれば、「あ〜、自分を責めているなぁ」

しばらくの間、じっくりその感覚に浸っていると、徐々に心がす〜っと
軽くなって来るのを感じます。気持ちがとても楽になるんです。

ポイントは、その感じたこと(考え方)自体を否定しないこと。
ただ、そのまま感じ切ることに集中する。すると、心のわだかまりが
氷解していきます。

大概、前者、後者のどちらの思考をとったとしても、気分が良くないので、
してしまいがちなことは、それを無理に忘れようとするか、プラス思考に
変えようとするのですね。つまり、その感覚から避けようとします。

でも、そうすると、その感情は残ったままで、心の中にしまいこまれ、
また同じ現象が来たときに心の中から湧き上がってきます。苦しくなります。

ですから、そのとき感じた気持ちを、そのまま感じ切るほうがいい。
感じきった後は、自分でも思いもしなかった感覚が湧き上がってきます。

たとえば、こんな感覚です・・・

「どうでもいいこと」だと。

相手を責める人。自分を責める人。どうでもいいと思える人。

この3者の中で、一番、心がハッピーな人は誰ですか?

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2006年1月29日 相手に力を与えているのは自分自身(NO.703)
 
話す相手によって萎縮してしまう場合、どのように対処したら
いいのか尋ねられたことがあります。

こんな場合は、前提として認識しておくと良いことがあります。

それは、相手に萎縮するとしたら、往々にして、相手に対する
自分の持つイメージに萎縮しているということです。

言葉を変えていうと、ただ自分が、相手に必要以上に力を与えて
しまっているということなんですね。それにより、萎縮してしまうわけです。

ですから、自分が相手に力を与えることがなければ、
結局、相手がどんなにスゴイといわれる人であっても、力を持つことが
できません。

想像してみてください。

どんな凄い人物だとしても、家に帰れば、子供から見たら、ごく普通の
お父さんであり、奥さんからしたら、普通の夫なわけです。その方の家族
からしたら、外でのイメージとは全く違う!なんてことは、この世の中、よく
あることですよね(笑)

つまり、その違いは、相手そのものよりも、その人を評価する自分の見方に
よって全く違ってくるということです。相手に力があるのではありません。
自分が相手に力を与えているだけです。

これに気づくだけでも、大分、応対が違ってきますよ。

特にこれは、ビジネスでの交渉の際、特に新人さんは知っておくと
良いでしょう。相手が社長さんであろうが、会長さんであろうが、20も
30も年が離れていても、全く動じることはなくなります。
だって相手に力を与えなければいいだけの話ですから。

効果は実証済みですよ!

必要以上に、相手に力を与えることはない。

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2006年1月28日 闇と光の関係(NO.702)
  先日、こんな話をしてくれた方がいました。
「会社の中が暗い。自分が明るくしようとしても
それが消されてしまう・・・」と。

これを聞いていて、ふと違和感を感じました。

闇の中で光をともせば、一瞬に周りを明るくすることが
できます。でも、決して闇が光を消すことはできないはずです。

つまり、その人が、「自分が明るくしても、それが消されてしまう」
というのは、実はそうではなくて、ただ単に、自分が明かりを自ら
消してしまっているだけではないかと思うのです。

自分が明るさを貫けば、いつかは周りも変わるはずです。
人はもともと、明るいところに集まる傾向があるからです。

それに気づいた人が、そんな役割りのある人だと思うのです。

どんなに闇が広がっていても、そこに光をともせば、一瞬に周りを
明るくすることができる。光は闇より強い。

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2006年1月26日 日ごろ心がけていること(NO.701)
  日ごろ、心がけていることがあります。

それは、自分を客観的に見る癖をつけることです。
簡単に言うと、自分の姿をもうひとりの自分が見ている感覚とでも
いうのでしょうか。

これをすると面白い現象がやってきます。

それは、自分の考え方までもが、自分の考えというより、人の考え方
のように感じられてくるのです。すると、かりに嫌な感情がやってきても、
嫌な感じをしている自分自身を、別の自分が客観的に見ているので、
感情に心がいちいち引きづられなくなるのですね。
妙な不思議な感覚です(笑)。

その都度、物事に一喜一憂することがなくなるので、
とても心の中は平和でいられます。常に冷静でいることができるように
なるのです。

でも、難しいところは、それを意識していないと、これまでの思考回路
に戻ってしまうことです。戻ってしまったら、また客観的に自身を見るように
意識を持っていくようにします。そんなことを繰り返しています。

これも癖をつけてしまえば、大丈夫だと思います。

常に泰然自若としている人達は、きっと自分の思考をも客観的に
見ることができる人達だと思います。 そんな意識がすでに身に付いて
いる人だと思うのです。

でも、それは「あの人が大物だから・・」とか「違う人間だから・・」という
ことではなく、誰でもなれることであると私は信じています。

私もそうなれるよう、これからもこの意識の持ち方を続けていこうと
考えています。

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2006年1月24日 世の中良くなっているの?悪くなっているの?(NO.700)
 
最近、日本では、さまざまな社会問題が露出し、メディアでも
いろんな議論がされてますね。

そんな中、この世の中はどんどん悪くなっている・・・という人の意見が
多いようです。

でも、本当にそうなのでしょうか?

私の見方は逆なんです。

世の中、どんどん良くなっている、と思っています。

本当に世の中がどんどん悪くなっているとしたら、現在、世間を賑わせて
いる社会問題は、決して表には露出されことはないと思うからです。

良くなってきているからこそ、問題が表面化していると思うのです。

あなたはどう思いますか?
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2006年1月22日 ”いい本”ってどんな本?(NO.699)
 


あなたにとって”いい本”ってどんな本ですか?

たまに、次のような会話を耳にします。
本を読み終えた後、「あの部分は良かったけど、この部分は共感
できないなぁ。だからイマイチかなぁ・・・ 」

つまり、本全体を読んだ後に評価するのですね。

でも、そうしてしまうと、時間が経過した後は、共感できなかった
という印象だけが残ってしまい、せっかくあったいい部分の内容は
忘れてしまうものです。勿体ないですよ!

たとえば、ある本を読んでいて、自分にとって、ためになった箇所が
1割。ためにならなかった箇所が9割だっとします。

あなたでしたらその本をどう評価しますか?

恐らく、多くの人は、その本は、9割ためにならなかったのだから、
あまり”よくない本だ”という評価をするかもしれませんね。

でもですね。私はこう思うのです。

その本の中で、たった1ページでも、一行でも、さらに言えば、
一つの単語だったとしても、自分自身がピンとくるものがあれば
それは”いい本だ”ということです。


こんな視点から本を読み始めると、読み方が一変
しますよ。これまで以上に、本から多くの気づきを得ること
ができます。

私自身も、度々、本の中のたった一行を読んだだけで、
ガラっと行動を変えてしまうことさえあります。そのほかの
部分は共感できなくてもです(笑)。

本の中から1箇所だけでも心に響く箇所があるときは、
本当に得した気分になれます(笑) 。

読書に対する私の感覚としては、本は、読むというよりも、
むしろ、 自分にとって必要な情報や事柄を探すという
感覚に近いと思います。

「読む」 という感覚から「探す」という感覚になると、
わざわざ速読法なんか勉強しなくても、 おのずとスピードが
上がりますし、自分にとっていい情報がどんな本からでも
どんどん心にひっかかってきますよ!

本は隅から隅まで読まなくてはならない・・という決まりは
ありません。自分にとって必要な事柄、情報をどんどん
探していくという感覚が今の時代に合っているようにも思います。


読書は、心が響くフレーズを見つける宝探し

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2006年1月15日 人から批判されたとき。(NO.698)
 
人から批判されたりすると、あまり気分がいいものではありませんね。

それは何故でしょうか?

恐らく、批判された事柄というよりも、むしろ自分という人間が否定された
ように感じるからではないでしょうか?

でも、実はそれは自分が勝手に作った空想なんです。

そんなとき、批判された内容をわりと冷静に聞く方法ってあるんですよ。

それは、「相手は、ただ自分の意見を言っているだけ」と考えてみるのです。

ひとの意見はそれぞれ違っていて当たり前ですよね。それに対して
いちいち腹を立てる必要はないんです。

相手に批判されると、大概、自分を防御しようという思考が働きます。
でも、そうすると、どんどん話の論点がずれていくことになります。
そんなことってありませんか?

相手に批判されたときは、「相手は、ただ自分の意見を言っているだけ」だと
考えてみることをお勧めします。

そうすることで、相手の指摘をわりと冷静に聞くことができますので、
相手の話の中から、取り入れるものは取り入れ、受け入れられないもの
は放っておけばいいと思います。

ぜひ試してみてください。


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2006年1月9日 モノがなくなるとき・・・(NO. 697)
 
先日、ある展示場に行ったときのことです。

そこは靴を脱いで入るのです。すでに何人かが入っていたので、
靴がずらっと並んでいました。

係員の説明を聞いている途中、子供がトイレに行きたいと言うので、
連れて出ようとしたところ、何と私の靴がないのです(汗)。誰かが間違えて
履いていったに違いないとピンと来たので、似たような靴を探したところ、
やはり同じような靴が一足ありました。

その旨をその展示場の係員に告げて、とりあえず子供をトイレに連れて
いくために、サンダルを借りて出たのです。

トイレからかえってくると、妻も含め、その会場の係員、2、3人が困った
表情を浮かべ、私の靴についていろいろ話し合っていたのですね。きっと、
私がこの件について文句を言うと思ったのでしょう。

私は、家に帰る靴が必要なので、今借りたサンダルを貸してくれればいい
とだけ告げてもとの場所へ戻ったのです。

帰宅すると、妻は、私が靴がないことに(誰かが間違えて履いてしまった
ことに)対して、もっと係員に文句をいうだろうと思ったようでした。あまりにも
私が冷静だったので、ちょっと拍子抜けをしたようなのです(笑)

それを聞いて、確かに以前の私であれば、こんなことがあったら、きっと
タダでは済まさなかったかもしれないなぁ、なんてちょっと思ったのですね(笑)。

「お客の靴の管理が出来てない!これじゃ帰れないじゃないか!
どうしてくれる!!」

とか何とか言って多少暴れたかもしれません(笑)

その日、私は決してやせ我慢で冷静を装っていたのではありません。
本当に平常心をスグに取り戻していました。

それには理由があるのです。
私はモノがなくなったときは、次ぎのような考え方をしております。

それは、モノがなくなるときは、自分のこれから起こりうるマイナスを
それで帳消しにしてくれた、身代わりになってくれた
思っているのです。
本気でそう信じています。

それが大事なものであればあるほど、大きなマイナスを身代わりに
消してくれたんだと思うようにしております。

つまり、今回のことであれば、靴がなくなったということは決して自分に
とってマイナスな出来事なのではないのですね。

だから、展示場の人に対して、文句なんていう気にはなれないのです。
しかも、靴を間違えて履いて行った人に対しては、私のマイナスを
代わりに持って行ってくれた恩人のような存在です(笑)。
かえってその人に申し訳ない気持ちです。

こんな発想を持つようになってからは、このようなことが起きても
いたって心の中は平穏です。もちろん、今回のようなケースはあまり
ないことではありますが(笑)

ここで腹を立てて文句を言ったり、失望したり、機嫌を悪くしてみたところで
全く自分にとっては得はしないのです。だったら、自分がいい気分になれる
発想をしたほうがいいに決まってます。

こんな考え方も悪くないと思いますよ。一般的には、マイナスと思えること
であっても、本当に得した気分になれますから!オススメです(笑)。


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2006年1月9日  イライラ感をなくすには・・(NO.696)
 


イライラ感をなくす一番の方法は、イライラする原因をどこに
持っていくかです。

日ごろ、何かに関してイライラすることがあったとしたら、大概、
その原因を自分以外のもの向けていますね。

その対象がモノであったり、人であったり・・・

でも、そうしてしまうと、イライラ感は根本的にはなくならないんですね。

たとえば、イライラする原因を人にあてたとします。そして、強引に
その人を自分の思うように出来たとしましょう。
そんなときは、自分の思うように変えられたので、一時的には
イライラ感はなくすことはできます。が、また同じ問題が生じた場合は、
やはり同じようにイライラ感を繰り返します。

ではどうするかというと、イライラする原因を自分に向けてみるのです。
自分自身というよりも、自分の価値観に向けるのです。

実は、人があることに対して、イライラしたり、嫌な感情をどうして
持つかというと、それに反する自分の価値観があるからです。

自分の価値観に合わないから、つまり、自分の思い通りにならないから
イライラしてしまうのです。イライラの原因は自分の中にあります。

そんなときは、ちょっと考えてみてください。その価値観は本当に
正しいのかと。それは、自分にとって正しいと思えるだけで、他人にとって
は、 正しくないかもしれません。

万人にとって正しい価値観なんてあるのでしょうか。

もちろん、人と同じような価値観を持つことはあると思います。
でもそれは別の人にとっては違うかもしれません。つまり、イライラ
の原因を作ったと思える相手にとっては、その価値観は正しい
ものではないかもしれませんよね。

自分をイライラさせたり、苦しめるような価値観はそろそろ手放して
みてもいいように思います。

面白いのですが、イライラしたとき、自分の中にあるどんな価値観が
そう思わせているのかを考え、そして、自分の中にある価値観を
しっかり認識する(気づく)と、イライラ感は大分薄れてきます。

イライラ感をなくしたい人は、ぜひ試してみてください。

イライラの原因は、相手にあらず、自分の価値観の中にあり。
その価値観を手放すと人は楽になれる。



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2006年1月7日 <褒メモ帳>のススメ(NO.695)
 
いくら「自分は自分、人は人」と強がってみたところで、人から褒められたら
嬉しいものだし、逆に、けなされたら落ち込みますよね(笑)。

つまり、誰でも人からの評価って意外と敏感なんです。

今回はそのことを上手に活用するいい方法を紹介します。
特に自信をなくしたときに効果を発揮する方法なんです。

それは、日ごろ、人から褒められたり、感心されたり、賞賛された
ことをメモに残しておくんです。

人から褒められたことなどは、そのときは嬉しい感情が湧くのですが、
案外、簡単に忘れてしまいますよね。

それをメモに残しておくようにする。

といっても、特別な人でないかぎり、 誰でもそんなに毎日、
褒められたり賞賛されたりすることはないかもしれません。

そんなときは、まずは、これまで過去に褒められたこと、自分が人から
言われてうれしかったことを思い出せるかぎり書き出すようにします。

私はこれを、<褒メモ帳> と言っています。

実はこれ、とても重要な作業なんですね。

なぜなら人は自分のセルフイメージに忠実に行動するからです。

自分に対していいイメージを抱くと、その通り行動に表れてきます。
反対に悪いイメージを抱くと、やはりその通りに行動しようとします。

どうせならいいイメージを抱くようにしましょう(笑) 。
自分もハッピーになりますし、周りもハッピーになれますから。

特に自信をなくしたときなどは、 この<褒メモ帳>を活用して
みてください。上手く活用できれば、自信なんてすぐ取り戻せますよ!

私の兄貴分でもあり、親友でもある作家の生井利幸さんの言葉を
贈ります。

            Taste your life !





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2006年1月5日

自分の立場を変えると世界が違って見える(694)
 
お正月に大河ドラマ「新撰組」を見ていて、心に響く言葉がありました。
それは新撰組の副長・土方歳三 の一言です。

旧幕軍と官軍の函館での戦いで、旧幕軍である土方歳三は自分の死に
場所を見つけるための戦術を立てていました。ところが、榎本武揚との
話し合いから思うところがあり、生きるための戦術に変更したのです。

死ぬための戦術から生きるための戦術へと変えた途端、同じ戦場である
にも関わらず、これまで気づかなった新しい戦術が見え出したというのです。

つまり、現在の自分の置かれた立場を変えて、違う観点から思索して
みることで、全く新しい別の世界があることに気づくということだと思います。

現代に通じる教訓ですね。人はとかく、一方向から物事を考えがちに
なります。考える方向に固執してしまうのです。

何か壁にぶつかったときなどは、このことを思い出してみることもいい
かもしれませんね。
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2006年1月1日 今年一年、さらなる飛躍の年となりますように・・・・
(693)
 


新年明けましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いします。

さぁ。新しい年が始まりました!
今年もどんなすばらしいことが待っているのか 本当に楽しみ
です。

2006年は、あなたにとって、さらにすばらしい良き年に
なりますように・・・

ーーーーーーーーーーーー

新年が明け、いつも一番わくわくすることは
その年、どんな人との出会いがあるかということです。

これまでにない新しい出会いもそうですが、すでに知っている
人達との違った関わり合いも含めてです。

私にとっては、それは新しい出会いと一緒なんです。
とても楽しみにしております。

さて、ここで、今年一年、いい年にしてしまう秘訣を
ご紹介しましょう。

それはすごく簡単です!

「今年はいい年になる!」と決めてしまうことです(笑)
決して、「いい年にしよう!」としないでください。

この言葉の違い、結構、大きいんです。

人は一旦、決めてしまうと、その通りになるよう現象が
変わっていきます。

今年もどうぞよろしくお願いします!


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2005年12月26日 ★★★同じ正論を通すにも・・・★★★(NO 692)
  自分はいつも正論なのに、どうして相手は理解してくれないのだろうか
と悩んでいる人は意外と多いものです。

そして、自分の考えが理解されないことに対して多くのストレスを抱えて
います。正義感が強ければ強い人ほどそんな傾向があるのではないで
しょうか?

そこで今回は、そんな人へちょっとしたアドバイスがあります。

それは、正論で責めようとしないで、一度、”相手の立場から物事を
考えてみる”
のです。

相手の立場から考え直してみると、なるほど相手の言い分も
案外理解できるものです。あくまでも相手の立場から考えた場合です。

実は、この視点を持てるかどうかで、その人が説得力のある人
かどうかが決まります。

説得力のある人は、理路整然とした正論を持って、相手に理解してもらおうと
はしていないのです。むしろ、相手の考え方に共感の意を示すことを考えるのです。

人は、自分のことを理解してもらえた人に対しては、牙を向けたり
しないものです。自分が理解されると相手を理解しようという思考が
自然発生的に働くのです。

でも、正論で責めようとする人は、相手がいかに間違った考え方だとかを
理論で打ち負かそうとするのですね。これではいくら立派な正論であっても、
残念ながら 相手は納得してくれません。人には感情があるからです。

それが正論であればあるほど、相手はこちらの考え方の粗を探し始めるか、
頑なに自分の立場を守ろうとするのです。つまり、聞き入れてくれないのです。

相手の立場を理解した上で自分の考え方を話すのと、相手の立場を
理解せずに、ただ正論を話すのとでは、相手に対して、話の響きが
全く違うのです
。こことはとても大切なポイントです。

この点を押さえて話してみてください。きっと今までとは違う結果に
驚くことでしょう。

正論はひとつではない。立場の数だけ存在する。

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2005年12月22日 ★★★苦労話よりラッキー話★★★(NO691)
 

人がいかに苦労して、何かを成し遂げたという話は美談ですね。
でも、それはもう20世紀型のような気もするんです(笑)

上手くいったり成功したりする人は、当然、努力をしているのですが、そんな人達でさえ、すごくラッキーなこと、普通ではあり得ないような出来事が起きて、その結果、成功しているようなケースがあるのですね。

私は、人の苦労話を聞くよりも、その人のラッキーな出来事や話にとても関心があるんです。何故なら、そんなラッキー話を聞いているうちに、自分の中で無意識に作り上げていた壁のようなものがガラガラと崩れ落ちていく気がするからです(笑)。

これからは人の苦労話を真剣に聞くよりも、聞いていて「絶対そんなことがあり得ない!」というようなラッキー話をどんどん聞いたほうがいいように思います。みんな努力なんてしているのですから。そんな話をしたり、聞いていても仕方がない。

人のラッキーな話をどんどん聞いて、自分の壁を突き崩そう!

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2005年12月18日 ★★★時間をつぶす★★★(NO690)
 

私が抵抗感を感じてしまう言葉に、「時間をつぶす」という言葉があります。

約束や目的の時間までに、大分、余裕があるときなどに、つい使って
しまう言葉かもしれません。

この”時間をつぶす”とは、”時間を無駄に使う”ということですね。

このように言っても、あまりピンとこないかもしれませんが、
次のように表現したらどうでしょう?

それは、「命を無駄にする」ということです。

私達は、この世に生まれた瞬間から、決して時間を増やすことは出来ま
せん。与えられた時間を有効に使うことだけです。過ぎてしまった時間を取り戻すことはできないのです。

つまり、”時間を無駄に使う”ということは、”命を無駄に使う”ということです。

普段、忘れがちなこの事実を、たまには考えてみることもいいかもしれません。

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2005年12月16日 ★失敗を一瞬にして、成功に転じてしまう魔法の法則★
(NO689)
 

人はどんなとき学ぶと思いますか?

自分のことを振り返ってみると、案外、失敗したときや、辛いときだったりします。そんなときは、結構、学びが大きい。いかがでしょうか?

では、学ぶことって、失敗なんでしょうか?

そんなことはありませんよね?

失敗しても、そこから学ぶことができるのであれば、決してその失敗は、単なる失敗ではなくなるんです。つまり、成功なんですね。

だったら、かりに失敗したら、そこから何かを学ぼうという視点に切り替えればいいんです。必ず、そこから学ぶ点を見つけようと思えば見つかるんです。そうすることで、失敗が一瞬にして成功に転じてしまうんですね。

こんな視点を持っている人は、絶対、失敗なんてことはなくなります。学びは成功ですから。

その学べる機会である失敗を恐れて、行動を起こせない人はとても勿体ないことだと思いますがいかがでしょう?

失敗は失敗と決めてしまったときのみ、失敗となる。どんな失敗も、学びという成功に転じることができる。それはあなたの視点次第。

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2005年12月14日 ★★今や自分の価値観を見直していく時代★★
(NO688)

  これまでは自分の価値観を持つこと・確立することがうまくいっていた時代のように思います。

ところが、最近思うことは、これからはその価値観自体がかえって自分自身の足かせになってしまうということです。それをいろんな場面で体験・実感しております。

あなたは普段、どんな価値観を持っていますか?

このように、あらためて考えたことはないかもしれませんが、今、自分が持っている価値観を仔細に検討してみてみると、「一般常識だから」とか「誰々がそう言ったから」などと言った理由で、いつのまにかそれを受け入れ、自分の価値観としていることって意外と多いものです。案外、自分の価値観が根拠のない曖昧なものだったりします。

そんな曖昧な価値観で私達は普段、自分の思考や行動を縛っていることがあります。

でも、ここで注意したいことは、私達は自分の抱いた価値観で苦しんでいることが多いという事実です。たとえば、人の言動で腹を立てたとしますね。何故、腹を立てたのでしょうか?

自分の価値観がその言動を受け入れることができないからです。でも、同じ言動を見たり、聞いたりしても一方では腹を立てない人もいるのですね。それはその人の価値観にひっかかるものがないからです。つまり、この違いは、その人の価値観が原因なのです。

これからは自分の中にある必要のない価値観を、どんどん外していく勇気が必要なのではないでしょうか?

これまでは善とされていた「〜すべき」論者が、精神的にも苦労しているような気がしてなりません。「〜すべき」的発想では、思い通りにならない時代だからです。だから苦しむのですね。

それは周りの環境がそうさせるというよりも、実は、自分の価値観がそうさせているのです。それにまず気づくことが第一歩です。

自分の中の必要のない価値観はどんどん外していこう!

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2005年12月11日 ★★★人の自慢話を苦痛なく聞く方法(笑)★★★
(NO687)
 

人との会話において、相手の自慢話を聞くのって、案外、嫌悪感を感じませんか(笑)?

口を開いた途端、自分のことを中心に話し、自慢話のオンパレード、なんていう人もいるものです。そんな話を親身に聞いてあげるべきか、適当に話しを切り上げるべきなのか迷ったりします(笑)。

今回はわりと苦なく相手の自慢話を聞く方法を紹介したいと思います。

これは私自身が営業マン時代に培った方法です。営業という仕事は、ある意味、相手の自慢話を聞いてあげてナンボの世界です(笑)。そんななか、営業時代に自然に身に付いた方法です。

まず、前提として認識したいことは、もともと人は自己主張したいという願望を持ち合わせているということです。

つまり、自慢話をしたいというのも、自己主張の表れで、誰でも持っている感情なのですね。相手に自分をよく見てもらいたい。評価してもらいたいというのがそれです。

要するに、相手が自慢話をすること自体は決して悪いことではないということです。ただ自己表現をしているだけなんですね。まず、それを認識することからはじめます。

次に、自慢話をしているときの心境を考えてみてください。大概、自分の気持ちが満たされてないときではないですか?そんなとき、自分の気持ちを満たそうと、自尊心を満足させようと自慢話をする傾向があるんです。

たとえば、かりに、あることで自慢したくなることがあるとします。でも、もし、そのことがすでに周りの人から褒められていたり、すでに認められていることである場合、敢えて自慢しようとはしないはずです。すでに自尊心が満足しているからです。

ここがミソなんですが、相手(自分自身)が自慢話をしようとするときは、その人の気持ちが満たされていないので、そのことにまず気づいてあげるのです。理解してあげるようにするといいんですね。

そうすると、わりと楽に相手の自慢話を聞くことができるんです。

それを、「なんでこの人の自慢話を聞かなくてはいけないんだ」とか、「聞いてあげないと悪いから・・」などという気持ちで聞いてしまうと自分が辛くなったり、苦痛になったりするんです。

自慢話がはじまったら、「あぁ、この人は今、気持ちが満たされてないんだなぁ。今、このように話すことで気持ちを満たそうとしているんだぁ」という気持ちで聞いてあげる。

これがポイントです。

人は誰でも自己表現をしたい願望を持っています。それは決して悪いことではありません。自慢話はそのひとつの表現方法です。

上記のような気持ちを感じてあげながら聞いてあげると、自分もあまりストレスが溜まらず、しかも、相手も癒されるはずですよ!

相手が自慢話をはじめたら、その人の話の”内容”を聞いてあげようとするよりも、むしろ、その人の話の背景にある”気持ち”を理解してあげるといい。

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2005年12月10日
★★★本質を見極める★★★(NO686)
 

先日、テレビのあるトーク番組で、この世には、過去に大きな事故に遭ったにもかかわらずに、全く無傷だった運の良い人がいるという話をしていました。

このようなことを聞くと、その人はすごく強運の持ち主だと思うことでしょう。実際、その番組でもそのように話をしていました。

でも、大概、このような話はそれで終わり・・・・実はここに、とても大切なこと、本質が抜けていると思うんですね。

もちろん、事故に遭い、無傷だったというのも、たいへんな奇跡なのですが、普段、私達にも、もっと奇跡的なことが起こっていることを考えてみたことがありますか?

それは、事故が起こらないという奇跡です。

つまり、事故に遭わないでいる人達のほうが、もっと奇跡を体験していると思うのです。

何を言いたいかというと、事故に遭ったとき、無傷だった、あるいは、命に別状がなかったときに、はじめてその人の運の良さや強さを実感するのですが、実は何も事故も起こらない人のほうがもっと運がいい、強いかもしれないということです。

普段、変化もなく平凡に過ごているときに、つい、「平凡でつまらないなぁ。何かいいことがないかなぁ」と思いがちなのですが、実はその人は、変化のない平凡な一日を過ごせることは本当に運がよく、ツイているんですね。

そんな本質を見るようになると、幸せがどんどん身近にやってくるものです。今の自分のすぐそばに幸せの本質があるのです。

それに気づくことがとても大切です。

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2005年12月03日 ★★★言わなければ理解されない★★★(NO685)
 

たとえば、相手の言動のなかで気になる点があるとします。でも、いつか相手は、それに気づき、直すだろうということで、しばらく様子を見ることがありますね。

でも、それはある意味、「指摘したくない怠け心」から来ているかもしれません。

つまり、相手はそのことに気づかないからそれをするわけで、もし、気づけるようだったらとっくに行動に起こしているはずです。

ですから、そんなときは指摘してあげたほうがいいかもしれません。まだ年齢が若いからとか、経験が浅いから様子を見ようというのは、実は、その相手にとっては不幸なのかもしれません。

自分で考えさせて解答を出さすのもありだと思いますが、時間がかかります。もし本人がそのことに対して問題意識がなければ、さらに時間はかかるでしょう。先に解答を与え、考えさせるというのもありではないでしょうか。

後者のほうが、相手が被る被害も少ないし、時間もあまりかからないと思いますが、どうでしょう。

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2005年12月02日 ★★★飛躍する前の”ある”現象★★★(NO684)
  おもしろいもので、人間の身体が、人生そのものというか、 教訓を教えてくれていることってありますよね。

手に掴んだものを離さないと、新しいものが手に入らないとか。 目はなぜ前についているのか・・・などなど。物事を身体の一部にたとえて、さまざまなことに対して、気づきを得ることができるものです。

そのような類の話をひとつ紹介します。

人は飛躍する前にはある傾向があります。 それは、現状よりも、一時期にマイナスになることです。

もちろん、これはひとつの傾向としてです。 すべてに当てはまるとはいえないかもしれません。

ここでは、何を言いたいかというと、 やはり、このことも私達の身体が端的に表してくれているということです。

飛躍するとき、つまり、ジャンプするときは、人はどんな体勢 をとりますか?

一旦、沈みますね。足を曲げる。低い体勢 になるのです。

当然、それはジャンプするために必要な動作であり、反動を つけるために、低い体勢をとる必要があるわけです。 上に行きたいのにかかわらず沈むからといって、決してマイナスの動作ではないのですね。 それも必要な動作なんです。

これは、日常生活にも言えると思います。

今、精神的に苦労している人は、それは飛躍する前の体勢 そのものか
もしれません。 たいへんな状況であればあるほど、その後の飛躍はすさまじい ものになる可能性があるということです。

ところが、このことを知らないと、せっかく飛躍する前兆であるにもかかわらず、諦めてしまうかもしれません。

自分自身が一生懸命頑張っているのに、なかなか伸びない、あるいは、むしろマイナスになっているように思うときがあれば、こんな話を思い出してください。

明るく頑張っていきましょう!

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2005年12月01日 ★根拠のない「自信を持って!」じゃ、かわいそう。★
(NO683)

 

人が落ち込んだとき、その人を励ます意味で使う言葉に、
「自信を持てよ!」という表現があります。

でも、落ち込んでいる人に対して、この言葉を連発はするものの、”なぜあなたは自信を持っていいのか”という説明が一切ない人がいますね。

これでは相手がかわいそうです。あまり励ましの言葉になっていないからです。かえって自信をなくす人もいるかもしれません。なぜなら、その人は、自信が持てないから落ち込んでいるのです。

「自信を持って!」という言葉には、必ずその人が自信を持てる理由・根拠を付け加えて話してあげるといいと思います。

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2005年11月30日
★★★物事に対する自分の反応について★★★
(NO682)

 

結局、物事に対する自分の反応は、物事そのものには原因はなく、、
自分がその物事に対してどんな意味づけをするかによって決まるの
です。物事自体にはプラスもマイナスもない。

つまり、物事にどう対処(行動)しようかを考えるよりも、
物事に対する自分の見方を変えていくほうが解決が早いかもしれません。

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2005年11月29日 ★★★言葉の誤解は当たり前と思ってみる★★★
(NO681)
 

たまに自分の発言が、相手に違った意味として伝わってしまった、なんてことを経験したことはありませんか?

それに関連して、日ごろ、認識しておくと良いと思えることのひとつに、『言葉の誤解は当たり前』ということがあります。

私自身も、自分の言ったことが、相手に正反対の意味で伝わっていた、なんてケースもあったりします(汗)。そんなときは、さすがに正直焦ります(笑)。

なぜそんなことが生じると思いますか?

それは、人は誰もが、”自分が聞きたいように”、あるいは、”自分が解釈したいように”話しを聞く傾向があるからです。

つまり、かりに10人が同じ話を聞いたとしても、10人が10人違う解釈をしているケースがあるということです。

これを知っておくと、言った言わないという主張は少なくなり、ただ単に、それは、「あぁ、相手は、そのように話を解釈したんだなぁ」とわりと冷静に相手を理解してあげられるようになります。

それを考えられるかどうかで、その後の相手との距離が微妙に違ってくるんですね。

言葉は、意思疎通する上ではたいへん便利なツールですが、案外、使い方は難しいと思います。

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2005年11月27日 ★★★講演やセミナーの正しい受け方★★★
(NO680)

 

普通、講演やセミナーに参加するとき、講演者の話の内容が良いか悪いかで、参加してよかったかどうかを判断すると思います。

でも、この発想だとあまり自分にはプラスにならないのですね。
何故なら、話の内容は、講師任せになってしまうからです(笑)。

実は、講師の話は、講師に任せっきりにするのではなくて、講師からいい話を引き出させるのがコツなんです。すると聞き手は得をします。

そんな聞き方があるのです。具体的な話しの引き出し方は、機会があれば述べたいと思います。

いずれにしても、講演やセミナーでは、講師に話を任せるのではなくて、こちら側が講師からいい話を引き出さすということをポイントにおくことをオススメします。

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2005年11月25日 ★★★その人の将来を知る方法★★★(NO679)
 

人は、自分のセルフ・イメージ内で行動しようとします。

「私は、こんな人間だ」と思っていると、そのイメージ通りに行動するということです。それ以上でも以下でもありません。

この事実が分ると、その人の将来を見分ける方法というのは非常に簡単で、今、その人が自分自身をどう見ているかを知れば、ある程度、その人の将来を察することができるんですね。

それくらい自分のセルフ・イメージというのは強力な力を持っていることになります。多くの成功者はこの事実をとてもよく認識しています。

うれしいことに、そのセルフ・イメージは人から与えられるものではなくて、自分で自由に選ぶことができるのです。つまり、自分の人生を自分で選ぶことができるということです。

さすが人間ですね(笑)。

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